人、自然、そして地域。すべてを巻き込む「場の経営」(渥美フーズ)
愛知県東部に位置する渥美半島は、温暖な気候と豊かな自然に恵まれた地域です。この地でスーパーマーケットを経営する渥美フーズは、近年、単なる小売業の枠を超え、自ら農業や醸造、観光事業へと事業領域を広げています。その推進力となっているのは、代表取締役である渡会さんの徹底した「現場主義」と、既成概念にとらわれない発想力です。
食料品を扱う小売店として、地域の自然や食材の「もったいない」部分を資源と捉え直し、農地を買い集め、動物を放牧し、クラフトビールやジュースを製造しています。利益や効率を最優先するのではなく、「人が自ら幸せになっていけるような空気と関係をひらく」ことを志向する経営者の哲学。その実践は、社員、顧客、そして地域のお年寄りまでも巻き込みながら、渥美半島という「場」そのものを豊かに変えつつあります。渡会さんの経営の根幹にある想いと、そのユニークな事業展開の物語を追います。

渥美フーズ: 渡会 一仁さん(代表取締役 )
1.魚屋社長が耕した「農業への想い」
――渡会さんは、スーパーの経営をされながら、今ではご自身で農業や畜産、醸造までされていますが、そもそも農業を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
渡会 一仁さん(以下、渡会さん):きっかけはコロナ禍でしたね。出張も来客も社内の会議も全てなくなって、時間ができました。元々、僕は農業だけはやりたくないと思っていたんですが、「ビッグリトルファーム」という映画を見て、牧場をやってみたいと思ったんです。
――魚屋時代は毎日魚を切られていたのですね。農業がお嫌いだったとは意外です。
渡会さん:そうです。包丁より重たいものを持ったことがなかったくらいで、農業をやる自信は全くありませんでした。でも、コロナ禍で社会不適合者になってしまい、居場所がなかったんですよ。それで、この山の上から海の間を一つの農場にしようという目標ができて、そこから一気に農業が始まりました,。

――その目標ができてから、農地を買い集められたスピード感が尋常ではないと伺っています。昨年だけで130件もの農地を個人で買われたのですね。
渡会さん:そうなんです。所有権移転の書類手続きも全部自分でやりました。地元の農家さんを一件一件回って、「渥美フーズの渡会です」って飛び込み交渉して。
――130件もの交渉と書類を全てご自身で処理されるのは、すごい労力ですね。
渡会さん:ま、でも、向こうも「スーパー渥美の渡会ですよ」と言えば、話を聞いてくれるので、だいぶこう緩くなるんです。
――地域で渡会さんが圧倒的な存在になっていらっしゃるからこそ、交渉がスムーズに進むのですね。
渡会さん:そうかもしれません。最初はただ、みかん園ができればいいなぐらいの気持ちだったんですが、今はもう広大な農地になっています。
――その農業が、小売業である渥美フーズの強みになっている点はどこでしょうか。
渡会さん:小売業の立場として、好きな値段で、好きなだけ売れる「出口」を持っていることですね。みかんの木を1万本植えているんですが、それが実るようになったら、全てオレンジジュースにして販売できます。
――作るものと、それを加工して売る先まで一気通貫で見えているのが、渡会さんの経営のユニークな点なのですね。
渡会さん:そう、すべては、唯一無二の商品を作ることにつながっています。普通の品種ではなくジュースに適した特殊なみかんを植えるのは、食べるみかんの相場が安くて採算が合わないからです。
2.経営の物差しは、売上ではなく志
――渡会さんは今、スーパーの経営よりも農作業のほうに時間をかけられていることが多いと伺いましたが、経営についてはどのように考えられていますか。
渡会さん:最近はもう、売上すら見ていないんですよ。各店舗の人件費がどれだけだとか、全くわかってないレベルで。
――経営者としては驚きの発言です。では、渡会さんにとっての「経営の物差し」はどこにあるのでしょうか。
渡会さん:僕にとって一番重要なのは志です。例えば、私のお店では、「なるべく自然なもの、本当に人の健康に良い食品を扱いたい」という志があります。
――それが経営のパーパス(目的)になっているのですね。
渡会さん:そうです。もしお客様がそれを評価してくれず、安くて儲かればいいという商売をしなければならなくなるなら、その事業はもうやめてもいいなと思っています。
――売上を追うのではなく、パーパスに基づいて実践できているかが、渡会さんの経営の物差しになっているのですね。
渡会さん:そうですね。魚屋時代も、イカの内臓まで綺麗に処理して売ることで、身の部分だけ売るよりも一番儲かったんです,。今も、残飯や規格外品を集めて鶏を飼えば、餌代ほぼゼロで卵が毎日600個生まれてくるんですよ。

――鶏が今、一番稼げる事業なのですね。残飯もドロドロの介護食も、全て資源として活用されているのですね。
渡会さん:そうです。地域にあるもったいないを集めて、事業を回していくんです。この農業は、私が死ぬときに木を残して死ぬという、次の世代に価値を残すための生きがいでもあります。
――地域の人々もこの事業に巻き込まれているのですね。「小松原緑の会」のおじいちゃんたちの話が印象的でした。
渡会さん:ああ、緑の会のおじいちゃんたちですね。僕が一人で草刈りしてたら、「渡会を殺しちゃいかん」って言って、自分たちで草刈りグループを組んでくれたんですよ。
――しかも、当社から月々10万円を支払い、高齢者の方々のお小遣いにもなっているのですね。
渡会さん:そうなんです。お小遣いにもなるし、することのない高齢者が役に立てる場を提供することで、みんながすごく張り切ってくれます。農家の高齢者の方々はトラクターにも乗れるし、すごく貴重な戦力なんです。
3.唯一無二の価値を育む「エコサークル」の力
――渡会さんは、単に事業を広げるだけでなく、それを顧客や社員に伝えるための「エコサークルツアー」を毎月開催されています。これはどのような目的で行われているのですか。
渡会さん:エコサークルツアーは、ま、一番効果的なマーケティングだと思っています。お客様をここに連れてきて、実際に放牧している牛や鶏を見て、野菜を試食してもらうんです。

――顧客との大切な接点になっているのですね。
渡会さん:そうです。ここで鶏が餌代ゼロで、豆腐や油揚げ、生ゴミといった贅沢なものを食べているのを見ると、お客様は驚くんです。
――それが、最終的に卵や肉の価値向上につながるのですね。
渡会さん:そうです。皆さん、鶏舎ってすごく臭いイメージがあるけど、ここは野菜をバランスよく食べているから、臭くない。そういうのは来てみないとわからない。結果、お客様の卵の理解が変わり、卵を買う確率が上がります。
――営業活動というよりも、体感を通じて顧客との深い関係性を築いているのですね。参加者は地元の人が多く、友人を連れてくるパターンが多いと伺いました。
渡会さん:ええ。そして、参加者の中には人生が変わってしまう人もいるんです。先日も、市役所に勤めていた若い子が、ツアーに来たことをきっかけに、市役所を辞めて食のセレクトショップをオープンしました。
――それは、参加者に非常に大きな影響を与えているのですね。
渡会さん:他にも、小学生の子が「社長みたいになりたいです」と言ってくれたり。こんなに影響を受けるのかと、我々自身が驚いています。

――社員の方々も、このエコサークルツアーや「渥美環境塾」への参加が必須なんですよね。
渡会さん:はい。年に1回は絶対来てもらいます。ここで私と一緒に草取りをしたり昼飯を食べたりすることで、会社の未来や、渥美フーズという会社が何を成し遂げようとしているのか、というベクトルを合わせることができるんです。
――現場に来ることで、社長の考えを理解し、ご自身の会社で働く価値を再認識できるのですね。
4.渥美半島から、人が自ら幸せになる「場」を世界へ
――農業や畜産、顧客との深い繋がりを通じて、渡会さんが今、目指している「これから」の姿はどのようなものでしょうか。
渡会さん:目指しているのは、渥美半島の農地や自然を生かした唯一無二の商品を、全国や世界に売っていく製造小売業への進化です。
――例えば、クラフトビール事業もその一つなのですね。
渡会さん:そうです。渥美半島ブリュワリーのコンセプトは「渥美の農家を応援する」で、地元農家さんのブルーベリーや大葉、メロンといった特産品を使ってビールを仕込みます。

――それは、地元の農家さんを応援するコミュニケーションツールとしても機能しているのですね。大葉のビールは即日完売したと伺いました。
渡会さん:そうなんです。地元の人たちが「我が町のビールだ」と応援してくれて、一番売れないだろうと思っていた福江店で一番売れたのは衝撃でした。
――地元の人が誇りに思って楽しんでいるコンテンツは、外部にも価値が伝わりやすいということなのですね。
渡会さん:そう、唯一無二の商品だから、欲しい人はいくら出しても欲しいと思ってくれるものになるんです。北海道でも冬は牛を厩舎外で飼いますが、うちも年中放牧で短角牛を育てている。そういう超絶オリジナル商品を作っていく。
――観光事業にも力を入れています。ゲストハウスやブリュワリーの事業に加え、今後、滞在型のツアーコンテンツも充実させていく予定なのですね。
渡会さん:1泊から1週間滞在できるようなコンテンツをツアー商品として売るのがゴールです。今、田原市が持っている体験コンテンツも、うちの会社で編集して、より魅力的な商品にしたいと考えています。
――渡会さんの事業が、渥美半島全体の価値を高める大きな力になっているのですね。
渡会さん:私は志に生きています。今後10年ぐらいかけて、ある程度、モデルを作りたい。それは、私個人のためだけでなく、次世代に、そしてこの地域に、自ら幸せになっていける場を残したいという想いがあるからです。
取材後記

「売上すら見ていない」──この言葉は、小売業の最前線で事業拡大を続ける渡会社長から聞くにはあまりにも衝撃的でした。しかし、その言葉の裏には、不動のパーパスが貫かれています。渡会さんにとっての経営とは、制度や施策(やり方)を整える前に、まず「人を大切にしたい」「地域に価値を残したい」という想い(あり方)があり、その想いが、社員や地域住民、顧客を巻き込む「場」を創っているのです。
特に印象的だったのは、高齢者の方々が「緑の会」を結成し、生きがいと報酬を得ながら農業を支えているエピソードです。これは、渡会さんが意図的に「施策」として設計したものではなく、彼の「ありのまま」の姿勢と、地域資源を尊重する「場の経営」の結果、自然発生的に生まれたものです。
IKIGAI経営の本質は、経営者が人を「幸せにしてあげる」のではなく、「人が自ら幸せになっていけるような空気と関係をひらく」営みなのだと、改めて確信しました。渡会さんが耕しているのは、農地や事業だけでなく、次世代の「生きがい」という土壌そのものなのだと感じています。
【企業データ】
会社名:Food Oasis(渥美フーズ)
事業内容:スーパーマーケットの運営、農業(みかん、果樹、短角牛、鶏など)、醸造事業(クラフトビール)
所在地:〒441-3617 愛知県田原市福江町中羽根79番地1
資本金:27百万円
従業員数:583名