IKIGAI経営対談:「裸の王様」がたどり着いた、人が笑顔で輝く経営(株式会社アワーズ)
「社員の幸せを願う」—多くの経営者が口にするこの言葉の裏で、私たちは本当の意味で人と向き合えているのでしょうか。成果を求めれば心が見えなくなり、心に寄り添えば業績が不安になる。このジレンマに、多くのリーダーが悩んでいます。今回お話を伺ったアドベンチャーワールドの山本雅史社長も、かつてはパワーマネジメントで人を疲弊させ、自らも深い孤独の中にいたと言います。そんな彼が、いかにして社員一人ひとりの働きがいと組織の成長を両立させる、独自の文化を築き上げたのか。その変革の物語は、働きがいのさらに先にある、新しい経営の可能性を示唆していました。

左 株式会社アワーズ : 山本 雅史さん(代表取締役社長)
右 IKGIAI WORKS株式会社:熊倉 利和(代表取締役)
1.37年間、鎧を脱げなかった「僕」の話
熊倉: 本日はありがとうございます。エシカルエキスポ2025※1のトークセッションの際、37歳の時に大きな転機があったとお話しされていました。その出来事と、そこで得た気づきについて、改めて詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
山本 雅史さん(以下、山本さん): はい。正確に言うと、37歳の時というより、それまでの37年間が問題でした。正直に言うと、私は何も考えずに生きてきたんです。親が決めてくれたレールの上を歩き、目の前のことをこなすだけ。大学までほとんどメンバーも変わらない「箱庭」のような環境で育ち、世の中のことも何も知りませんでした。
熊倉: 何も考えずに生きると、どうなっていくのでしょうか。
山本さん: 目の前の瞬間的な楽しさや欲求にだけ囚われてしまうんです。それを37年間やり続けても、何の達成感も成長実感もない。むしろ、自己肯定感はどんどん下がっていきました。自分のことが大嫌いでしたし、自分を大切にできないから、人のことも大切にできない。自分を守るために人を攻撃することも当たり前にやっていました。周りは敵だらけだと感じていましたね。

熊倉: 経営者としては、どのような状態だったのですか?
山本さん: 父が経営者だったので、グループ会社に入り、若くしてポジションを与えられました。でも、成果を出さなければいけないという思いから、パワーマネジメントで人を無理やり動かそうとして、どんどん人が離れていく。アイデアを出して一時的に成果は上がっても、誰もやりたいと思っていないから、私がその部署を離れると何も残らない。そんなことを繰り返す中で、人間関係も良くならず、本当にしんどかったですね。
熊倉: その苦しい状況から、なぜ抜け出そうと思えたのですか?
山本さん: もう、不安で仕方がなかったんです。自分の中に何もないから、外部の研修プログラムに藁にもすがる思いで参加したり、色々な人の話を聞きに行ったりしました。でも、自分に軸がないのに、知識やテクニックという「鎧」だけを着ても、相手は構えるばかりで、悪循環でした。そんな時、あるプログラムで「生きる目的」を考える機会があったんです。
熊倉: 「生きる目的」、ですか。
山本さん: はい。それまで考えたこともなく、目標との違いも分かりませんでした。3日間、本当に悩んで悩んで、たどり着いたのが「私と私に関わる全ての人をSmile(幸せ)にする」ということでした。この生きる目的を自分で明確にできた瞬間に、価値観が180度変わったんです。
熊倉: 転機が訪れる前、山本さんご自身の働き方は、IKIGAImandala™️で言うとどのあたりに位置していたのでしょうか?
山本さん: 「稼げること」と「得意なこと」の間にある「合理性」の領域にいたと思います。商売人の息子として育ち、「稼ぐこと」はすり込まれていましたし、何かにすがらないといけないから「得意なこと」を拠り所にしていました。でも、そのやり方では、無理やり瞬間的な成果は出せても、持続しない。なぜなら、全ては「人」だからです。チームが「一緒にやりたい」と思えなければ、何も続かないんです。
2.矛盾だらけの経営から、「三方よし」のど真ん中へ
熊倉: 「人をSmileにする」と決められてから、経営はどのように変わっていったのでしょうか。パワーマネジメントからの転換は簡単ではなかったと思いますが。
山本さん: はい、最初はものすごいストレスでした。長年の習慣で、何かあるとまず怒りが出て、パワーで動かそうとしてしまう。それを変えるのは大変でした。例えば、褒められた時に素直に「ありがとうございます」と言うことさえ、超ストレスだったんです。今までは「いや、私なんて」と否定してしまっていた。自分を大切にすると決めたのに、です。絞り出すように「ありがとうございます」と言うところから始めました。
熊倉: お葬式をイメージして、ご自身の生きる目的を見つけられたとお聞きしました。
山本さん: はい。自分のお葬式を上から見て、周りに誰がいて、どんな顔をしてくれているか。妻や子供、社員や友人たちが、「あの人と一緒にいてよかったね」と言ってくれているのが、私の理想の葬式だと思いました。それを実現するためには、私はどういう存在であるべきか。そう考えた時に、「この人たちを幸せにできる人生であったら、自分も幸せだな」と心から思えたんです。まさに死生観から、自分の生き方が見つかったのだと思います。

熊倉: その強い想いを胸に、どのように経営の矛盾を乗り越えられたのですか?
山本さん: 経営者になって最初のうちは、以前の「合理性」と、誰かの役に立つ「つながり」の、両輪でやろうとしていました。しかし、必ず矛盾が出てくるんです。「稼げること」と「誰かの役に立つこと」を別のものとして考えると、「どっちを選択するんだ」と迫られる場面が必ず来る。片方を選べば、もう片方がおろそかになる。これを社員に語るとダブルスタンダードに見えてしまう。これではダメだと思いました。
熊倉: その矛盾を、どう乗り越えられたのですか?
山本さん: コロナ禍の前、3〜4年ほど経った頃でしょうか。「両方を満たすことしかやらない」と決めたんです。IKIGAImandala™️で言えば、まさに真ん中の領域です。弊社の企業理念には「社員のSmile」「ゲストのSmile」「社会のSmile」という3つがあります。
「3つのSmileを、生み出せるものしかやらない」と決めたんです。片方だけ満たすことはやらない。最初は難しいと思いましたが、逆に思考が明確になりました。全部を満たすものを生み出すのは大変ですが、そこだけにフォーカスすればいい。いらないことを考えなくて済むので、すごく楽になりましたね。
3. 働く「入り口」は違っていい。だから組織は豊かになる
熊倉: 今回、御社の従業員の皆さんと、エシカルエキスポの来場者の皆さんに、IKIGAImandala™️で「働くこと」の位置付けをシールで示していただきました。この二つの分布を比べてみて、いかがでしょうか。
山本さん: 面白い違いが見えますね。エシカルエキスポのほうは、私たちの世代の社会人男性は「役に立つこと」、女性は「稼げること」にシールが多く集まっています。一方で若い世代は「好きなこと」や「得意なこと」に多い。私たちの世代は、車を買いたいとか、お金を稼ぎたいとか、そういうところから入る人が多かったように思います。

熊倉: 御社の従業員の皆さんの分布はいかがですか?
山本さん: アワーズの社員は、勤続年数が長いベテランから若手まで、「好きなこと」や「得意なこと」から働き始めている人が多いですね。私自身は「合理性」の人間だったので、入社当時は社員との間にものすごいギャップを感じました。彼らは欲がないし、戦わないし、すごく素直で純粋。まるで水と油で、なぜ私の言うことがわからないんだと、正しさを振りかざしていました。
熊倉: まさに、ご自身が悲劇のヒーローになってしまっていたのですね。
山本さん: はい。でも、この分布図を見ると、理念経営を10年間続けてきて良かったなと心から思います。弊社では「あなたの人生理念は何ですか?」といった問いを、研修など様々な機会で投げかけています。そうやって考える機会を増やすことで、人の意識は自然と真ん中に寄っていくのではないでしょうか。結果として、皆さんの働きがいの位置が、このマンダラの中心に集まってきている。これは10年間の成果だと感じています。
熊倉: 理念を共有するというよりは、社員一人ひとりが考えるきっかけを作ることが、この分布につながっていると。
山本さん: そうですね。弊社の企業理念に全員が全く同じ解釈で共感してほしいとは思っていません。社員はそれぞれ、「好きなことをやっている」という人もいれば、「誰かの役に立つことをやっている」という人もいる。それでいいんです。それぞれの解釈で働いて、最終的にご自身の働き方の意味が中心に集まってきてくれれば、それが理想です。この結果を見て、やってきて良かったと、本当にそう思いました。
4.「幸せにはできない」と宣言する、究極の信頼関係と未来
熊倉: 社員一人ひとりの解釈を尊重する、というお話がありましたが、それは御社の企業理念「こころでときをつくるSmileカンパニー」の浸透のさせ方にも表れていますか?
山本さん: はい。私は社員の皆さんに「皆さんを幸せにすることはできません」とはっきり伝えています。「幸せになるのは自分です。自分で幸せになってください」と。会社や私の役割は、そのための舞台やチャンスをたくさん作ること。でも、最終的に幸せになるのはご本人です。ご自身の人生ですから。
熊倉: 「幸せにする」のではなく、「人が自ら幸せになる経営」ということですね。
山本さん: その通りです。人を幸せにする経営、と言うと、どこか企業理念の押し付けのようになってしまう。そうではなく、「人が(自ら)幸せになる経営」を私たちは目指しています。人の可能性を信じているので、考える時間さえ作れば、人は自分の中にある答えを探し求めていくはずです。だから、考えるための仕組みや時間は会社として提供しますが、最終的にどう歩むかはご本人に委ねています。

熊倉: その想いは、アドベンチャーワールドの今後のビジョンにも繋がっているのでしょうか。
山本さん: そうですね。私たちは単なる動物園やテーマパークで終わりたいとは思っていません。可愛い、楽しいといった瞬間的な感動を提供する「エンターテイメント」だけでなく、そこに「エデュケーション(教育)」、つまり「気づき」をプラスした「エデュテインメントパーク」を目指しています。遊びに来て、楽しみながら、自然に自分の生き方や死生観について考えるきっかけが生まれる。それが私たちの目指す価値です。
熊倉: 素晴らしいビジョンですね。最後に、今回の対談やIKIGAImandala™️を用いたワークショップをご覧になって、皆さんのご感想を伺えればと思います。まず山本さん、このIKIGAImandala™️というツールはいかがでしたか?
山本さん: まず、すごく分かりやすいですね。キーワードを元に誰もが考えられる。自分を見つめる良い機会になりますし、定期的にやれば自分の変化や成長に気づけるツールになると思います。また、他の人との位置の違いが可視化され、「違っていいんだ」と理解し合えるのもいい。自己認識と他者からの認識のギャップ、つまり「意味のズレ」を対話できるのは、とても大事なことだと感じました。
熊倉: ありがとうございます。オブザーバーの皆さんはいかがでしたか?
和歌山大学・和田教授: この対談の場を、ぜひ大学でやってみたいと思いました。学生に考える時間や環境を提供することの重要性を改めて感じましたし、他者理解を通じて自分の立ち位置を見つけるという視点は、社会全体で大切なことだと思います。
和歌山大学・中井課長: 山本さんの過去の苦労からの転機の話がすごく素敵でした。そして、IKIGAImandala™️という一つのツールをきっかけに、これほど豊かな話がどんどん出てくるのが面白いなと。ぜひ私たちの大学でもやってみたいです。
社員・大野さん: 「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という言葉がありますが、会社は環境を与えてくれる、でも最後、その水を飲むかどうかは私次第なのだと、改めて思いました。
※1エシカルエキスポ2025で、IKIGAI WORKSは2025年6月に開催された「エシカルエキスポ2025」に出展し、アワーズ山本社長、エシカルエキスポ代表理事塗野氏と熊倉によるトークセッションとIKIGAImandala™️を活用した体験型展示を実施しました。
取材後記

山本社長の物語は、経営者が自身の弱さや過去の経験と向き合うことから、真の変革が始まることを教えてくれました。彼がたどり着いたのは、制度で人を管理するのではなく、人が「自ら幸せになっていける」ような空気と関係性、すなわち「場」を育む経営でした。それはまさに、私たちが提唱するIKIGAI経営そのもの。社員に「幸せになること」を委ねるという言葉は、一見突き放しているように聞こえるかもしれません。
しかしその実、社員一人ひとりの人生を尊重し、その可能性を信じ抜くという、究極の信頼の証。その信頼こそが、「ありのままでここにいていい」という根源的な安心の土壌となり、社員の内側から自然とIKIGAIが立ち上がる文化を育んでいると思います。アワーズの挑戦は、数字や成果だけでは測れない、新しい企業の価値を示してます。
【企業データ】
会社名:株式会社アワーズ
事業内容:アドベンチャーワールド(動物園、水族館、遊園地および博物館)の経営
所在地:〒580-0013 大阪府松原市丹南3-2-15
資本金:100百万円
従業員数:正社員326名(2025年6月1日現在)