「つながり」の再構築から始める未来を育む共創の船(株式会社アスノオト)
満員電車に揺られながら、自分たちは地球を壊すための奴隷船に乗っているのだと絶望し、吐き気とともにドロップアウトした青年。彼がたどり着いたのは、人口2400人の離島でした。社会への強烈な違和感と無力感。その深い葛藤の底を抜けて、彼は今、若者たちが全国の地域を旅しながら学ぶ新しい学びの場を創り上げています。
効率や成長だけではない、人と人が「共に困り、共に学ぶ」温かな関係性。これからの世界に本当に必要な「繋がり」の再構築に挑む、一人の起業家の魂の軌跡を追います。

信岡 良亮さん(さとのば大学 理事長 / 株式会社アスノオト 代表取締役)
1. なぜ人は集団になると醜くなるのか──教室で芽生えた根源的な問い
——信岡さんが現在運営されている「さとのば大学」は、全国の地域を1年ごとに旅しながら学ぶという非常にユニークな仕組みですが、そのコミュニティや場づくりの原点は、幼少期の体験にあるそうですね。
信岡 良亮さん(以下、信岡さん):少し意外に思われるかもしれませんが、僕の原体験は小学校時代の「教室」にあるんです。ちょうど「キレる17歳」などが社会問題になっていた世代で、僕のいたクラスも少し荒れていました。
ある時、バスケットボールがしたい5人と、ドッジボールがしたい15人で対立が起きました。ボールは一つしかない。そうすると、力の強い多数派が場を支配し、スクールカーストのようなものが生まれて、少数派の誰かがいじめの対象になってしまうんです。僕はその5人の方にいて、自分が対象になることもあれば、隣の友人が対象になることもありました。「なぜ、事前に防げないんだろう」「なぜ、助けられないんだろう」という、強烈な無力感と悔しさがありました。
——子供心に、集団の理不尽さやご自身の無力感に深く傷ついていたのですね。
信岡さん:ええ。でも不思議だったのは、学校ではカースト上位で近寄りがたいような同級生とも、塾の行き帰りで二人きりになると、普通に仲良く話せるんです。「あいつ、実はいい奴じゃん」って。個人の性格が悪いわけではない。それなのに、学校という「場」に戻ると、関係性が断絶してしまう。
その時から、「なぜ人間は、集団になると醜くなるのだろうか」というのが、僕の人生の深い問いになりました。個人の問題ではなく、「場」や「環境」のデザインの問題なのではないかと、子供ながらに感じていたんです。

——その問いは、中高生時代を通じてどのように変化していったのでしょうか。
信岡さん:中学は私立に進んだのですが、そこでもやはり派閥のようなものがありました。僕はどちらの集団にも属さず、コウモリみたいに両方に顔を出していましたが、結局どちらにも本当の居場所がない。高校までは、「意識高い系」と笑われないように、本当の自分を隠して、アホなふりをして生きていました。何か好きなことを語ると居場所がなくなるから、意識の低い方に馴染まないといけないという感覚があったんです。
——そこから抜け出す転機は、いつ訪れたのですか。
信岡さん:大学時代に、あるシェアハウスコミュニティに出会ったことでした。後にティール組織の解説書などを書いている嘉村 賢州さんが作っていた場だったのですが、そこへ遊びに行った時に、雷に打たれたような衝撃を受けました。
そこでは、みんなが変なことをしていて、尖っている方がむしろ「面白いね」と受け入れられるんです。「あなた何してる人なの?」という肩書きを問われる空間ではなく、自分の興味や関心を語ると、それによって深く繋がれる。初めて、「自分が自分らしくあることの方が、エネルギーが出るんだ」という場に触れました。
その時、確信したんです。「人間って、集団になると自然とダメになっていくわけではなくて、デザインによって違うんだ。良い設計がなされた集団にいれば、人は一人でいるより楽しく、豊かになれるんだ」と。この発見が、今のさとのば大学のコミュニティ設計の原点にあります。
2. 成功の先に見た景色と、深い絶望からの脱出
——大学卒業後は、東京でITベンチャーの立ち上げに参加されたと伺いました。ご自身らしく生きられるコミュニティを知った後での社会人生活は、いかがでしたか。
信岡さん:尊敬する先輩たちと起業したのですが、現実は厳しく、8ヶ月で経営が行き詰まりました。お金が回らなくなると、あんなに仲の良かった人間関係もギスギスしていく。「稼ぐ力がないと、大切なものは守れないんだ」という現実を容赦なく突きつけられました。
その後、必死に働いてWeb制作のスキルを身につけ、2年半ほどで経済的にはなんとか自立できるようになりました。でも、ふと余裕ができた時に、シェアメイトの勧めで『不都合な真実』という本に出会い、環境問題の深刻さを知ってしまったんです。

—— 経済的な自立を得た一方で、地球の持続可能性という大きな課題に直面されたのですね。
信岡さん:はい。地球は一つしかないのに、今のエネルギー消費を続けるには地球が7個分必要になる。これって、経済成長を追い求めている場合じゃないんじゃないかと。
でも、会社に行けば、どうやって成長して、どうやって上場するかという話が中心にあります。会社は何も間違っていません。でも、「僕らが上場を目指して頑張るほど、より地球を壊しているのではないか」「それをやっても、誰も幸せにならないんじゃないか」という思いが拭えなくなってしまったんです。
——ご自身の仕事と、社会のあり方に深い矛盾を感じてしまった。
信岡さん:ある時、環境系の勉強会に参加したんです。そこで出会った参加者の方が、「土日はこうして地球にいいことを学んでいるけれど、月曜日から金曜日までは大量生産の仕事をしているんだよね」とおっしゃいました。「本当は田舎で農業をしてみたいけれど、向こうには雇用がないから」と。
心情的にはすごく分かります。でも、当時の僕のシンプルな感覚からすると、「月曜日から金曜日まで、社会のシステムの中でフルコミットで地球を壊す渦を作り、週末のボランティアだけでそれを直そうとしても、絶対に勝てない」と思ったんです。
その矛盾を抱えきれなくなり、ある朝、会社へ行くために満員電車に乗っていると、周りの人たちがみんな「地球を壊すための奴隷船」に乗せられているように見えてしまって……。物理的に吐き気がして、電車に乗れなくなってしまったんです。
——「奴隷船」とは、あまりに痛切な表現ですね。
信岡さん:完全に心が折れていました。大きすぎるテーマを前に、一人では何もできないという無力感で、鬱のようになっていました。そんな時、島根県の海士町(あまちょう)が「島まるごと持続可能にする」というビジョンを掲げていることを知ったんです。「ここなら、自分の命を嘘なく使えるかもしれない」。そう思い、仲間を集めるための大学を作るという企画書を片手に、25歳で島へ飛び込みました。

行政の方に提案したら、「新しいことを始める前にこの土地に根づいてよ」と止められるかと思いきや、「面白そうやな、むしろそういうのやりたかっただわい」「人がおらんかっただわ、やりゃいいだわい」と、拍子抜けするほど軽く受け入れてくれて。行政職員がベンチャー感覚で動いている、ものすごく面白いコミュニティだったんです。
3. 手触りのある仕事と、「共に困る」関係性のデザイン
——実際に島での生活を始めて、東京での仕事との違いをどのように感じましたか。
信岡さん:最初は、東京で身につけたWeb制作のスキルで外貨を稼ごうと、島の特産品を売るECサイトを作りました。でも、ただサイトを作って「納品しました」で終わる東京の仕事とは全く違いました。島には運営する人がいないので、結局、自分たちで泥臭く営業もし、発送もし、顧客対応もしなければならないんです。
ある時、農家さんと協力してお米をBtoBでお弁当屋さんに販売し、年間2トンほど売ることができました。その年の新年会に呼ばれた時、一番お世話になった農家のおじいちゃんにこう言われたんです。「今までずっと田んぼを減らしてきたけれど、あんたたちのおかげで、今年は久しぶりに田んぼを増やせるわ」と。
——ご自身の仕事が、島の風景を変えたのですね。
信岡さん:震えましたね。「みんなが残したかった田んぼに、僕らが一石を投じることができた」という感覚。東京でWebサイトを作って「売上が100万円上がりました」と言うのとは、全く違う手触りがありました。「自分がここにいることで、誰かの役に立ち、未来が少し広がっている」。仕事の意義を、魂レベルで再確認できた瞬間でした。
—— その手触り感や学びは、現在の教育の場づくりにも活かされているのでしょうか。
信岡さん:もちろんです。地域に入っていく時、コンサルタントのように「これが正解です」と上から目線で入っていくと、絶対うまくいきません。それは「教える・教わる」という縦の関係だからです。
僕が大切にしているのは、「共に困る(共困・きょうこん)」という姿勢です。「実は僕も、環境問題のことでどうしていいか分からなくて困っているんです」と自分の弱さや悩みをさらけ出す。そうすると、相手も「実はわしも、後継者がいなくて困っとるんだ」と心を開いてくれる。

ダイエットで言えば、ジムのインストラクターのように上から厳しく指導するのではなく、「私も痩せたくて困ってるんです、一緒に走りませんか?」と誘うような関係です。お互いにリスペクトを持ち、同じ目線で困り、そこから「じゃあ一緒に何ができるか」を考える。そうやって生まれたプロジェクトこそが、本当の意味での変化を生み出すのだと確信しました。
—— 6年半の充実した島暮らしを経て、現在は再び上京し、「さとのば大学」を運営されています。なぜ、島を出ようと思われたのですか。
信岡さん:きっかけは、2011年の東日本大震災でした。当時、僕は復興支援のWebサイトを作りながら、被災地の悲惨な状況と、海士町の平和な日常という二つの現実の間で、心が引き裂かれそうになっていました。
あれほどの大きな災害があっても、社会のシステムや経済のあり方は根本的には変わらなかった。その時、「1つの地域でどんなに素晴らしいモデルを作っても、日本のOS(基本ソフト)そのものを書き換えない限り、結局は縮小するパイ(人口)の奪い合いになってしまう」と気づいたんです。
日本の最大の課題は人口減少であり、それを止めるには、都市集中型から地域分散型へ社会のOSを切り替えるしかない。そのためには、地方だけでなく、都市部からもアプローチして、両方の関係性を根本から作り直す必要がある。そう決意して、島を卒業させてもらいました。
4. 都市と地方がチームになる。未来のOSを創る「旅する大学」
——都市と地方の関係性を変える。非常に壮大なビジョンですが、具体的にはどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
信岡さん:僕はこれを「都市の父性、地方の母性」というメタファーで考えています。都市は稼ぐこと(父性)には特化していますが、命を育むことにはコストがかかりすぎる。

一方で地方には、豊かな自然や人間関係という、命を育む(母性)土壌があります。今の日本の地方創生は、稼ぎが得意な「お父さん(都市)」が、子育て中の「お母さん(地方)」に向かって、「お前も俺と同じように稼げ、自立しろ」と迫っているようなものです。これでは社会が崩壊してしまいます。
そうではなく、お互いの得意な機能をリスペクトし合い、チームとして日本の未来を育てる関係を作らなければなりません。
——その未来を育てるための具体的なアプローチが、「さとのば大学」というわけですね。
信岡さん:はい。さとのば大学は、通信制大学とダブルスクールをすることで、大卒資格を取りながら、1年ごとに全国の地域を旅して学ぶ仕組みです。18歳から22歳という、失敗と挑戦のバランスが一番良い「ゴールデンタイム」に、社会に出る前の実践的な学びを提供しています。
オンライン空間では同世代の仲間との「水平の繋がり」を作り、地域というオフラインの場では、2歳から80歳まで多様な大人たちとの「縦の繋がり」を作ります。例えば、ある学生は、地域の高齢者にスマホの使い方を教えるうちに、「マニュアルを作ればもっと喜ばれるのでは?」と気づき、自分で作成して渡しました。ただサービスを受け取る「消費者」だった若者が、自らの手で誰かを喜ばせる「生産者」に変わった瞬間です。
—— 実際に卒業された学生たちは、どのような進路を歩んでいるのでしょうか。
信岡さん:1期生たちは、大企業に就職した子、京都の老舗企業に入った子、島の地方創生プロジェクトに入った子など、本当にバラエティ豊かです。私たちが育てたいのは、「地方で起業する人」だけではありません。プロジェクトを自分で創り出し、多様な人々と「共困」しながら進めていける人。その力は、どんな企業に就職しても、どこで生きても、必ず通用する「どこでも生き抜く力」になります。

—— 最後に、これからさとのば大学への進学を考えている学生や保護者の方、そして応援を検討している企業の皆様へメッセージをお願いします。
信岡さん:保護者の方からは「生活費がかかるのでは」という心配の声もいただきます。しかし実際には、通信制との併用で学費は抑えられ、地域で愛されてお裾分けをもらうことで、都市部で一人暮らしをするよりもランニングコストがずっと安く済むことも多いのです。
何より、社会に出てから「役職の鎧」を着てしか人と関われない大人になる前に、学生のうちから地域に飛び込み、多様な人とプロジェクトを創り上げる経験は、一生の財産になります。アウェイな環境を、対話と行動で自分のホームに変えていく力こそ、不確実な時代を生き抜く本当の力です。
私たちは今、この日本の新しいOS、未来を育む「共創の船」を作るための仲間を大々的に募集しています。進学を考えている学生の皆さん、そしてこのビジョンに共感し、新しい教育の形を一緒に創り上げてくださるスポンサー企業や個人の皆様。
「自分の手で未来はつくれる」という確かな手触り感を、ぜひ私たちと一緒に、この「旅する大学」で掴み取りましょう。皆様の乗船を、心からお待ちしています。
取材後記

満員電車に見た絶望から、教室での無力感に苛まれたかつての少年は、いま、次の世代のために「新しい船」を造っています。それは、都市か地方か、稼ぎかやりがいか、という二項対立を超える、共創の船です。豊かなつながりを生む場を作りたいという「想い」と、それを仕組み化する「才能」が、葛藤の末に「さとのば大学」として美しく結実し、持続可能な未来を創っていく。それが、信岡さんのIKIGAI人生なのだと確信しました。
【企業データ】
会社名:株式会社アスノオト
事業内容:さとのば大学の運営、学習カリキュラムの企画・開発・運営等
所在地:〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3丁目11番6号 神保町ビル10階
資本金:28.7百万円