「良かれ、の経営」から「共にある場」の実現へ。葛藤と希望の第二創業(株式会社昭栄精機)
山梨県を拠点に、長年培われた技術で少量多品種の精密加工を手がけてきた株式会社昭栄精機。2017年、カシワグループに事業承継、2018年に佐藤元章さんが社長就任後立直しを経て、2025年5月に新社屋への移転を果たし「第二創業」のスタートを切りました。
夏は暑く冬は寒いといった、時代にそぐわない厳しい環境だった旧工場から一転し、冷暖房設備や男女別のトイレ、更衣室などを完備、さらにフレックスタイム制度の導入や人事制度改革を通じて、社長は「働きやすさ」の一面である、「やり方」「形式」の実現を追求してきました。
しかし、現場からは「社長は怖い」「意見を聞いてもらえない」という声が度々届き、経営者の「良かれ」と現場の「心の声」との間には大きなギャップが生まれていました。成果と働く人の幸せを両立させるために、佐藤社長と経営企画の佐藤文香さんが次に見据えるのは、従業員が「自分らしさを安心して発揮できる」心理的な安全性という「あり方」の追求です。葛藤を乗り越え、従業員と共に未来を創る、次なる挑戦の物語です。

株式会社昭栄精機:佐藤 元章さん(代表者取締役社長)、佐藤 文香さん(経営企画)
1.新社屋に込めた「第二創業」の決意と環境整備
――2018年にカシワグループの一員として事業承継されてから、立直しを経て、このたび新社屋への移転という「第二創業」を迎えられたのですね。改めて、おめでとうございます。
佐藤 (元章)さん(以下、元章さん):ありがとうございます。カシワグループの一員として事業承継させていただいてちょうど8年目になります。立直しが終わり、次の勝負ということで新社屋を建設し、2025年5月に移転しました。

――旧工場は、夏は暑く冬は寒いなど、環境面で厳しい状況だったとお伺いしています。環境や制度を整えた新社屋では、従業員の方々にどんな気持ちで働いてほしいと思われていますか。
佐藤(元章)さん:以前の工場は冷暖房設備もなく、トイレや更衣室も十分ではなかったので、環境が大幅に改善されたことを大いに喜んでもらえたらと思っています。働きやすい環境は整えられたと思っているので、今度は従業員の皆さんの「頑張るぞ」という気持ちで生産量を増やしてもらい、売上を上げてもらって、出た利益を還元する、というハッピーなサイクルを作っていきたいと思っています。

――佐藤社長は、今回の新社屋への移転を従業員の皆さんへの「ご招待」だと表現されていましたね。この「ご招待」には、働き方の変化についての期待も込められているのでしょうか。
佐藤(元章)さん:そうですね。この職場を単にお金を稼ぐ場所としてだけでなく、働くことに「働きがい」を感じてもらえる場所にしたいと思っています。以前、従業員の皆さんにアンケートを取ったところ、「何のために働いているか」という質問に対して、8割以上がお金のためと回答していました。やりがいや社会貢献といった、経営者の私が求めるような回答はゼロだったのです。「お金のために働く」ということも大切なことですが、経営者としてもう少し違った「働く手応え」「働きがい」といったものも、従業員のみんなと一緒に作っていけたらという思いが湧きました。
――そこにギャップを感じたことが、次のテーマを考えるきっかけになったのでしょうか。
佐藤(元章)さん:はい。「働きやすさ」や「楽しさ」の先にある「働きがい」は、技術力の向上に大いに寄与すると考えています。技術力というものは一朝一夕で出来上がるものではないですし、技術力の向上要素は技術だけではなく、「働きやすさ」や「楽しさ」も含まれると考えているので、そういった技術力がどうやったら生まれるのかを従業員みんなの意見を聞きながら模索している最中です。私が重要だと考えているのは、やはり「挑戦する」という風土です。要は難しいものに挑戦することを楽しいと感じられる意識を醸成していきたい。挑戦を推奨し、評価することで、みんなのやりがいが生まれるのではないかと思っています。
2.「良かれ、の経営」が生み出した、経営と現場の心の距離
――制度面などの環境はかなり整えてこられた印象ですが、社内からの評価や反応はいかがですか?
佐藤(元章)さん:そこが難しいところでして……実際には『社長には意見が通じない』『圧力を感じる』といった戸惑いの声が上がっているのが現状です。
決して従業員を軽視したわけではなく、私なりの覚悟を持って会社を導いてきたつもりでした。しかし結果として評価が見合っていないということは、従業員が現場で守りたかった『働きやすさ』の定義が、噛み合っていなかった。お互いの見ている景色が異なっていたのだと痛感しています。

――素晴らしい業績や新しい社屋は、本来であれば従業員の方々への何よりの『ギフト』であり、社長からのメッセージだったはずですよね。
その『良かれ』と思って投げたボールが、なぜ現場ではうまく受け止められなかったのでしょうか。社長ご自身は、その想いと現実の間に、どのような壁があったと振り返られますか?
佐藤(元章)さん:働く環境が息苦しいとか、ルールが多くて面倒くさいと従業員のみんなが感じる時の「悪の根源」や「仮想敵」を、社長である私が引き受けている側面があるからかもしれません。しかし、細かなルールを守るのが嫌だ、面倒だという現場の要求に対し、経営としては受け入れられないことも多く、事故などの要因となるという正論で返すと「社長は何も聞いてくれない」となってしまう。これも仕方のない一面がありますが、別の面、例えば「社内に息苦しさを吐露できる場がある」とか「従業員も一緒になってルールを作る過程に参画する」などで、分かり合える方法もあるように思います。
佐藤(文香)さん:制度やハード面は整えましたが、おっしゃる通り、心理的な働きやすさが喫緊の課題です。私たち経営企画のメンバーは「社長の言葉の裏にある想いを聞いて、従業員に伝わる言葉で伝える」ということに地道に取り組んでいますが、現場からは「どうせ社長が決めたんでしょ」という言葉も聞きます。その通りな一面もありますが、社長には従業員みんなが「働きがい」を持って働けるようにしたいという想いがあり、その想いがなかなか伝わらないことに苦労しています。

――制度やルールという「やり方」を整えることと、従業員が求める「自由」や「働きやすさ」との間に、分かち合えない部分もあるという認識は持っていらっしゃいますか。
佐藤(文香)さん:はい。会社として品質を維持向上させるためにはルールが厳しくならざるを得なく、「自由にやる」という働きやすさは損なわれがちです。「働きやすさ」が単に「自由にやる」ことならば、ですが。だからこそ、私たち経営企画のメンバーは、会社の提供する環境や制度としての「働きやすさ」と求職者自身の求める「働きやすさ」が一致し、さらには全社として目指している心理的安全性の確保された職場の実現に寄与する、「既存の組織文化を尊重しつつ、そこに『新しい風』を吹き込み、組織の更なる進化を促してくれる方」を採用していきたいと思っています。
3. 挑戦が誇りを育む。心理的安全性という「あり方」
――経営者である佐藤さんが次に追求されているテーマは、働きやすさを「自分らしさを安心して発揮できる環境」と定義し、心理的安全性に軸足を置くということなのですね。
佐藤(元章)さん:はい。どんなことでも話してきてもらえる、相談してもらえる環境にしたいと思っています。過去の経験から、社長は怖い、何か提案しても論破されるという印象が根付いてしまっているので、そこを変えていきたい。今は、従業員の一人ひとりと向き合い、対話することが大切だと考えています。
――具体的には、どのように対話の場を作っていくのですか。
佐藤(元章)さん:今までも年に数回、従業員と1対1で話す機会を設けていましたが、今後は「ランチミーティング」のような気軽な形で何人かで一緒に弁当を食べながらなど、従業員にとってより話しやすい形で継続的に現場の声をじっくり聞いていきたいと考えています。「話してみたら意外と話しやすかった」となるような対話を重ねていきたいですね。

――現場の方々と同じ目線で対話を重ねるために、どのような姿勢で臨もうとされているのでしょうか。
佐藤(元章)さん:私は、環境や制度としての「場」を整えることに一生懸命でした。でも、それを実現できたのも、従業員のみんなが具体的に動いてくれたからだと今は思っています。だからこそこれからは、心の部分の働きやすさや、心の働きがいという部分を、私一人でなく、従業員のみんなと一緒に作っていきたいのです。
――「働きがい」については、「挑戦」を通じて従業員の「誇り」を育みたいという思いがあるのですね。
佐藤(元章)さん:はい。宇宙・防衛分野といったこれまで取り組んでこなかった大きく新たな分野に挑戦し、自分たちの作った部品が月の探査機に使われるなど、夢のあるものづくりを提供できたらと考えています。また、そういった新たな分野へ挑戦すること自体を楽しんでもらえたらいいなと思います。「作り手が誇りに感じられるものづくり」を通して、従業員がやりがいや生きがいを見つけてくれるのではないかと考えています。
4.「完成した計画」ではない未来を従業員と共に描きたい
――新社屋の建設は、売上7億円、これから建てるであろう第2工場、第3工場を見据えた大きなビジョンを達成するための起点であると伺いました。この壮大なビジョンを、従業員の方々にはどのように共有していくのでしょうか。
佐藤(元章)さん:このビジョン自体は従業員のみんなと既に共有していますが、これは「形式的な計画」に過ぎません。私は計画の実現の前に、従業員みんなの心理的安全性を確保し、「働きがい」を実現したい。そのためには、現場の従業員が「働きがい」を自らの言葉に分解して咀嚼し、納得することが必要です。その過程をみんなで行うために、先ほどの対話の場づくりも活かしていきたいです。「ビジョンをみんなで一緒に実現したい」と自然に思ってもらえる社風づくりを大切にしたいですね。

――そのために、従業員の「誇り」を醸成する具体的な取り組みを検討されているのですね。
佐藤(元章)さん:従業員の子どもたちを工場に招待し、ものづくりを体験できるイベントをやりたいと考えています。我が子から「パパ・ママの会社で働いてみたい」と言われたら、従業員も誇りを感じてくれるのではないでしょうか。また、地域のさまざまな企業と連携して、若手のリーダーシップを育てながら、地域の企業間で若手同士が交流できる場を作ることも計画しています。
――家族や地域を巻き込むことで、会社への誇りを育み、それが結果的に従業員の「働きがい」に繋がることを期待されているのですね。
佐藤(元章)さん:そうなのです。私が「内側からの承認」を希求するのと同じように、従業員も家族や自分自身といった存在に認められるのは嬉しいものではないでしょうか。今は、この大きなビジョンや理念とそこに至るための道筋を、現場の管理職層を筆頭にしっかりと細分化して咀嚼し納得して現場に伝える、という段階を丁寧に踏んでいく必要があります。みんなが腹落ちして同じ方向を向くことが最大の課題であり難題であると考えています。
――最後に、この「第二創業」のスタートラインにおいて、従業員の皆さんと共有したいメッセージを教えてください。
佐藤(元章)さん:私は経営者として、「場」を整えることしかできなかったという反省があります。この反省を元に、環境や制度といった「場」のみに止まらない「働きやすさ」「働きがい」を従業員のみんなと一緒に作り出すという新しい世界観にたどり着きました。この新社屋へは、従業員の皆さんを「ご招待」させてもらったと考えています。今後はみんなで知恵を出し合い、従業員のみんなが感じる「働きやすさ」「働きがい」をより心地よく強固なものにしていきたいと願っています。
取材後記

佐藤社長が新社屋という「ギフト」を用意した上で、おごることなく従業員の「内なる声」に真正面から向き合おうとする姿勢に深く心を打たれました。経営者が意図せず「仮想敵」となってしまい、従業員からの承認が得られないという葛藤は、まさに「良かれを積み重ねた経営の限界」を象徴しています。
社長が今、自ら「王座」から降りて、従業員に「一緒にやろう」と心の部分での繋がりを求めていることは、IKIGAI経営の核心を突いています。それは、制度や施策(やり方)を完遂させるだけでなく、「従業員のありのままを受け入れ、共に歩む(あり方)」関係性を開くことです。成果(光)だけでなく、葛藤や不満(影)も含めて受け入れる場こそが、人を挑戦させ、自律的な成長を促すのだと確信しました。この「あり方」の経営に軸足を移す昭栄精機さんの挑戦から、IKIGAI経営が追求する「場のあり方」の本質を深く学ぶことができました。
【企業データ】
会社名:株式会社昭栄精機 (https://shoeiseiki.jp/)
事業内容:少量多品種の精密部品加工。宇宙、防衛分野への事業拡大を目指している。
所在地:〒400-0332山梨県南アルプス市鏡中條4085番地
資本金: 6百万円
従業員数:43名