「正しさ」というバットを置いて。母と息子、魂を震わせる“伴走”の物語(YOGAスタジオ アジュナ 代表 長又 みほさん)
かつて、兄弟喧嘩を止めるためにバットを持ち出すほど、張り詰めた心で子育てをしていた母親がいました。 「こうあるべき」という正しさを家族に押し付け、介護に疲れ果て、自分を見失いかけていた日々。 しかし今、彼女は奈良の地で、プロサッカー選手を目指す息子と穏やかに食卓を囲み、多くの人々の心身を整えるヨガインストラクターとして笑顔を見せています。 これは、自身の内側にある「傲慢さ」や「苦しみ」という影から目を背けず、それを「夢を持つ人の伴走者」としての力に変えた、ある女性の家族の物語です。

ヨガインストラクター 長又 みほさん / 次男 長又 逢来さん(高校生・サッカー選手)
1. 衝撃の安産体験と、介護で見えた自分の「傲慢さ」
――今日は奈良の素晴らしいご自宅にお邪魔しています。みほさんは今、ヨガインストラクターとして多くの人の心身を整えていらっしゃいますが、その原点はどこにあったのでしょうか。
長又 みほさん(以下、長又さん):きっかけは長男の出産でした。初めての出産への恐怖心から、安産のためにヨガを始めたんです。そこで先生から「痛みは苦しみではなく、赤ちゃんが出てくるための喜びのサインだ」という教えを受けました。 実際に自宅で陣痛が来た時、あまりの痛みに顔をしかめていたら、夫に「そんな顔してないで笑え!」って言われたんです。
―― 陣痛中に「笑え」とは、ご主人もスパルタですね(笑)。
長又さん:ひどいですよね(笑)。でも、その瞬間にフッと笑ったら、不思議と体が緩んだんです。そして、「あ、この痛みは赤ちゃんに会えるプロセスなんだ」と喜びに変換して呼吸を続けたら、病院に着いてからわずか40分、分娩台に乗って3回呼吸しただけで産まれてしまったんです。「ヨガってすごい!」と感動しました。
―― 痛みを喜びに変える魔法を体感されたのですね。しかし、その後に大きな試練があったと伺いました。
長又さん:はい。次男の逢来が生まれて7ヶ月の頃、義理の母がくも膜下出血で倒れ、同居して介護することになったんです。まだ手のかかる乳児の育児と、要介護5で寝たきりの母の介護。お世話になった恩返しのつもりで始めたものの、現実は過酷でした。 夜泣きとおむつ交換のダブルパンチ。心身ともに疲弊して、私が救急車で運ばれるほど追い詰められました。子供に怒鳴り散らし、悲しくて泣いてしまう。「このままでは自分が壊れる」と思い、すがるような思いでヨガの哲学を深く学び始めたんです。
―― 壮絶な日々だったのですね。そこでヨガの哲学は、みほさんに何を教えてくれたのでしょうか。
長又さん:ある時、同居している元気な義父が、洗面所を水浸しにするのが許せなくて、イライラしていたんです。「なんで分かってくれないの」「きれいに使ってよ」って。 でも、ヨガの教えに「課題はすべて自分の中にある」という言葉がありました。私が苦しいのは、お義父さんのせいではなく、「きれいに整えるべきだ」「私のやり方に従うべきだ」という私の価値観を押し付けているからだと気づいたんです。自分の中にある「傲慢さ」や「エゴ」を突きつけられた瞬間でした。

―― 相手が悪いのではなく、自分の捉え方に課題があると気づかれた。
長又さん:そうです。植物の種を早く育てようとして土を掘り返したら、種は死んでしまいますよね。私は家族に対して、「早く結果を出せ」「私の思う通りになれ」と、土を掘り返すようなことばかりしていたんです。頭では分かっていても、心が追いつかない。そんなジレンマの中で、自分自身の「影」と向き合い続けました。
2. 兄弟喧嘩にバットを持ち出す母。支配からの脱却
―― ご自身の「影」と向き合う中で、子育てにはどのような変化がありましたか? 当時はかなり厳しかったとお聞きしましたが。
長又 逢来さん(以下、逢来さん):昔はすぐに怒る印象がありましたね(笑)。兄貴と喧嘩してちょっと殴り合いみたいになった時、母がバットを持ってきて「やめなさい!」って止めに入ってきたりして。

――バットですか! それはすごい迫力ですね。
長又さん:もう必死でしたから(笑)。以前の私は、「親の言うことを聞かせよう」「コントロールしよう」として、常にピリピリしていました。自分の思い通りにならないと、すぐにカッとなって爆発してしまう。 でも、ヨガの哲学を学んで、「矢印を相手(家族)に向けるのではなく、自分に向ける」ように変えました。
――具体的には、どのように変えられたのですか?
長又さん:イライラした時、すぐに反応して怒鳴るのではなく、一度その感情を自分の中で受け止めて、鎮めるようにしました。「ああ、私は今、自分の思い通りにならなくて怒っているんだな」と俯瞰するんです。 私が自分の心を整えて、穏やかな状態でいると、不思議なことに、その空気は家族にも伝染するんです。私が変われば、家族も変わる。それを肌で感じました。
――お母さんの変化を、逢来さんはどう感じていましたか?
逢来さん:今はすごく穏やかですね。昔は「あれしなさい、これしなさい」「早く寝なさい」ってうるさかったけど、今は僕がプロサッカー選手になるために必要な食事のサポートとか、環境づくりをしてくれていると感じます。 何かを強制されるんじゃなくて、僕がやりたいことを支えてくれている感じです。
長又さん:昔の私は「私の正しさ」を押し付けていました。でも今は、彼らの夢を叶えるために何が必要かを提案する、というスタンスに変わりました。私がリラックスして楽しんでいれば、家族もリラックスして本来の力を発揮できる。「場」の空気を作るのは自分なんだと、今は実感しています。
3. 「自分への矢印」が起こした奇跡。12歳の決断と感謝
―― お母様が「正しさ」を手放し、信じて見守るスタンスに変わったことで、逢来さんにはどのような変化があったのでしょうか。
逢来さん:中学進学と同時に親元を離れて、山梨の強豪チーム「アメージングアカデミー」に行くと自分で決めました。 実は小学生の時、Jリーグクラブのセレクションにことごとく落ちてしまって、すごく悔しい思いをしたんです。全部落ちて「もう行くところがない」って泣いたこともありました。でも、諦めきれなかった。YouTubeで知ったそのチームに行きたいと、自分で親に伝えました。

―― 小学生でその決断はすごいですね。以前のみほさんなら、どう反応していたと思いますか?
長又さん:以前の私なら、自分の不安や寂しさを優先して、「まだ早い」「お金がかかる」「そんな遠くに行かなくても」と理由をつけて止めていたと思います。自分の手元に置いてコントロールしたかったでしょうから。 でも、彼の中に「やりたい」という強い意志があった。だから、寂しさはもちろんありましたが、それを飲み込んで「あなたが選んだなら応援するよ」と送り出せました。
―― その結果、逢来さんはどう感じましたか?
逢来さん:寮生活をして、当たり前だと思っていた親のサポートのありがたさが分かりました。学校関係は寮長が、食事は料理長がサポートして下さっていましたが、それ以外の日常生活全般は、全部自分でやらなきゃいけない。離れてみて初めて、親への感謝が生まれました。 それに、サッカーでうまくいかない時の焦りや怒りがプレーに出ると気づいてからは、練習前に瞑想を取り入れたりしています。これも、母がヨガをやっている影響かもしれません。
長又さん:彼が自分で課題に気づき、自分で解決策を見つけている。私が「やりなさい」と言っていた頃にはありえなかったことです。私が手を離したからこそ、彼は自分の足で立ち、感謝の心まで育んでくれたのだと思います。 最近では、私が彼に教えられることも多いんです。彼が自分自身と向き合い、夢に向かって進む姿を見て、私自身も励まされています。
4. 夢の伴走者として。痛みさえも生きがいの燃料にして
―― 息子さんの「生きがい」に生きている姿、力強いですね。みほさんは今、ご自身の活動をどのように捉えていますか?
長又さん:私は、「夢を持つ人の伴走者(ばんそうしゃ)」でありたいと思っています。 逢来にとっても、ヨガの生徒さんにとっても。夢や生きがいを持って生きるためには、その乗り物である「体」と「心」の健康が不可欠です。その土台作りをサポートすること。それが今の私の生きがいです。

―― かつてバットを持っていた手が、今は誰かの背中を支える手になっているのですね。
長又さん:本当にそうですね(笑)。過去の傲慢だった自分も、苦しかった介護の経験も、すべて今の私を作るために必要だったんだと思えます。 あの苦しみがあったからこそ、健康のありがたみが分かるし、人の痛みに寄り添える。「痛み」を「喜び」に変える。それは出産だけでなく、人生のあらゆる場面で使える魔法なのかもしれません。
――最後に、逢来さんにとってサッカーとは何ですか?
逢来さん:小さい頃からの夢がプロサッカー選手になることなので。それが僕の「生きがい」なんです。逆にサッカーがなかったら、どうやって生きていこうかと思うくらい。 辛いこともありますけど、それを乗り越えていく過程も含めて、生きがいなんだと思います。
長又さん:そう言える彼を、誇りに思います。私の役割は、彼がその生きがいを全うできるように、一番近くで、でも支配せずに、健康な心と体でいられるようにサポートし続けることですね。
取材後記

長又さん親子の対話を通じて、IKIGAIとは「自分一人のものではなく、誰かとの関係性の中で響き合い、育まれるもの」だと強く確信しました。
かつてのみほさんは、「良かれと思って」自分の正しさを家族にぶつけ、結果として家族との間に壁を作っていました。しかし、その「傲慢さ」という自身の影から逃げず、矢印を自分に向け続けたことで、彼女は「支配者」から「伴走者」へと見事に変容を遂げました。
母が「正しさ」を手放し、余白を作ったからこそ、息子はその余白の中で自ら考え、決断し、感謝を知る人間へと成長。12歳での親元離れ、挫折からの再起、そして「サッカーが生きがい」と言い切れる強さ。これらは全て、母の変化と共鳴して生まれたものといえるのではないでしょうか。
「痛み」をなかったことにせず、それを「喜び」や「感謝」へと変換していく生き方。 それは、どんなに辛い状況でも、私たちには「どう生きるかを選ぶ自由」があることを教えてくれています。母のIKIGAIが息子のIKIGAIを支え、息子の挑戦が母のIKIGAIを輝かせる。そんな温かな循環が、奈良の空気の中に確かに流れていました。
【インタビュイーデータ】
氏名:Miho Nagamata (Instagram) (長又 みほ)
事業内容:ヨガインストラクター(オンライン・対面レッスン)、アスリートフードマイスター、メンタルケア
所在地:奈良県