若者たちの可能性を拓く教育経営——「都大会レベル」の成功体験から(株式会社いきがい)
数値管理や効率性が最優先される現代のビジネスシーンにおいて、あえて「働く目的」そのものを問い直す経営者がいます。かつて大手企業で圧倒的な成果を出し、若くして起業の成功も手にした彼が、大きな転機を経てたどり着いたのは、単なる利益の追求ではない、一人ひとりの内なる火を灯すための「場」の創造でした。
経営とは、誰かを一方的に管理することではなく、共に歩む仲間が自ら幸せを見出していけるような空気と関係性を育む営みである。そんな確信に基づき、営業代行、農業、海外研修という一見バラバラに見える事業を「教育」という一本の軸で繋ぎ合わせ、若者たちの可能性を解き放とうとする挑戦が始まっています。効率や合理性の対極にある、泥臭くも温かな「人を育てる経営」の真髄に迫ります。

株式会社いきがい :山根 章さん(代表取締役)
1. 起業の決断と「いきがい」の社名にのせる想い
—— 株式会社いきがいを立ち上げられたのは、昨年の9月だそうですね。その設立に至るまでには、非常に大きな転機があったと伺いました。
山根 章さん(以下、山根さん):はい。前職でも同じように、教育を軸とした事業を上司と一緒に立ち上げていました。私は副代表という立場でしたが、実は株は持っていなかったのです。ところが去年の8月、その代表が肺がんで急逝されました。タバコも吸わない方だったので、本当に突然のことでした。そうなった時に、株は全てご家族に入り、残された私たちが今後どうしていくかという、非常に厳しい話し合いをすることになりました。
——信頼していたパートナーとの突然の別れと、経営権の問題。その時、山根さんはどのような決断をされたのでしょうか。
山根さん:最終的には、私がゼロから作り上げた通信事業を切り離して、独立する形を選びました。ご家族や新しく代表になられた方とは、経営方針においても違う部分がありましたから、お互いの道を尊重してベストな状態を考えた結果です。
—— その際、一緒に働いていたメンバーの方々には、どのように意志を伝えられたのですか。
山根さん:メンバー一人ひとりに、今の状況を正直に話しました。「俺についてきても、ゼロからのリセットになるし、不確かな荒波に漕ぎ出す船に乗せることになるかもしれない。それでもいいのか?」と。ちょうどその年、メンバーの1人に子どもが生まれるタイミングでもあり、こちらが背負う覚悟も決して軽いものではありませんでした。

—— 「不確かな船」という言葉に、メンバーの皆さんはどう反応されましたか。
山根さん:結果として、1名を除いて全員がついてきてくれました。「山根さんがずっと一緒に現場をやってきたから」と。私が誰よりも彼らの成果に責任を持ち、再現性を示してきた自負はありました。その信頼があったからこそ、新しい社名を考える際にも、自分たちの「あり方」を深く見つめ直すことができたのです。
——「株式会社いきがい」という社名には、どのような思いが込められているのでしょうか。
山根さん:これからAIが普及し、人が働かなくても生きていけるような時代が来た時に、人は「何のために生きるのか」という目的を見失ってしまうのではないか、という危機感がありました。だからこそ、自ら生きる目的を持ち、好きなことに挑戦できる人を増やしたい。自分が面白さを見つけられる場所を探し、その思いが伝播していくような会社にしたいと考えたのです。
2. 営業という数字は、「自分を変える」訓練だ
——現在、キャッシュエンジンとなっているのは通信分野の営業代行ですね。なぜ、学生教育の入口として営業、特に通信を選ばれているのでしょうか。
山根さん:通信業界は慢性的な人手不足ですが、単に「人がいればいい」というわけではありません。成果を出せる人でないと需要が生まれない。そこに、教育という手段がバッチリとはまるのです。営業は、学んだことをすぐに実践し、その結果が「数字」として返ってきます。学生にとって、自分を変えるための最も手っ取り早く、確実な訓練になるのです。
—— 具体的には、どのような現場で学生たちは活動しているのですか。
山根さん:例えばイオンモールなどの商業施設でイベントを行います。ドコモやソフトバンクといったキャリアの抽選会を行い、そこでお客さまに声をかける。機種代金が安くなる、月額料金が下がるといった提案をし、その場で契約まで結びつける。学生でもその場で完結できる難易度でありながら、コミュニケーションの極意が詰まっている商材なのです。

——営業手法を教える際に、大切にされている方針はありますか。
山根さん:単なる「やり方」をコピーさせるのではなく、自分で考えて行動できるようにすることです。私はフレームワークは教えますが、中身は自分で考えさせます。PDCAを自分で回す癖をつけさせる。一時的なパフォーマンスは遅くなるかもしれませんが、通信以外の商材や別の環境になった時でも、自分で考える力が生きてくるのです。
——「教育のスタンス」として、段階的なステップを設けられているそうですね。
山根さん:はい。「知る・わかる・できる・教える」の4段階をカリキュラムの中で体験させます。特に「教える」までやらせることを徹底しています。人に教えるためには、自分の技術を体系化し、言語化しなければならない。ここまでできれば、なんならそのまま起業できちゃうレベルの力が身につきます。私は、全ての学生に起業家精神を持ってほしいと思っているのです。
3. 山梨のぶどうとネパールから繋がる物語
—— 営業代行の「次」のステップとして、農業や海外事業を展開されています。山梨でのブドウ農業には、どのような意図があるのでしょうか。
山根さん:東京の学生は、土に触れたことも、畑に入ったこともない子がほとんどです。そこに連れて行って、実際に農作業を手伝ってもらう。昨日も5人ほど学生が来てくれましたが、ブドウ畑での作業を通じて「新しい気づき」を得てもらう。これは通信の営業だけでは得られない、五感を刺激する経験です。

——山梨での事業を任せている雨宮さんとの関係性も、非常にユニークですね。
山根さん:彼には、あえて詳細な指示を出さず、彼のやりたい形を尊重しています。雨宮くんが地元に貢献したいという思いを持っていたので、それを尊重したのです。私は「しんがり」として、最後は必ず責任を取る。私が責任を引き受けるから、彼は自信を持って打席に立てる。そういう信頼関係が、今の組織の土台にあります。
——海外事業、特にネパールでの展開についても、詳しく伺えますか。
山根さん:これも「とりあえず行ってみよう」という精神から始まりました。ネパールへ出張に行った際、たまたま飛行機で隣り合わせたのが、現地で一番大きい人材会社の経営者だったのです。その場で意気投合し、一緒に働くことが決まりました。
——飛行機での出会いから事業が決まったのですか。
山根さん:ええ。直感というか、引き寄せの法則のようなものを感じましたね。向こうが運営している日本語学校に、日本の学生を送り出し、日本語教育をしながら異文化体験をする研修プログラムを開発しました。9月からスタートする予定です。
——農業と海外事業が、山根さんの中では一つに繋がっているそうですね。
山根さん:ネパールの標高千メートルくらいの場所、ブッダが生まれた土地の近くでもブドウが獲れるんですよ。日本の山梨とネパールが「ブドウ」と「教育」で繋がっていく。通信事業で得た収益を、こうした新しい体験の場に投資し、学生がさらに成長していく循環を作りたい。この繋がりが勝手にできそうだなっていう感覚に、今はとてもワクワクしています。

4. 「都大会レベル」の成功体験が拓く未来
——山根さんが繰り返し語られる「都大会レベル」という言葉について、その真意を教えてください。
山根さん:私たちは、甲子園で優勝するようなスター選手の集団を目指しているわけではありません。最初から自分で行動できる優秀な子は、放っておいてもどこへでも行けます。私たちがターゲットにしているのは、何をすればいいか分からずに立ち止まっている学生たちです。
——スター選手ではなく、迷っている子たちを救い上げたいと。
山根さん:そうです。「都大会レベル」でもいいから、「自分はここまでやれた」という確かな成功体験を掴んでほしい。全員を救い上げられるような、都大会を目指すくらいの基準で基礎を固めていく。チームとして底上げされ、みんなで成功を分かち合う。そんな、自分たちの手の届く範囲での最高を目指す育て方をしたいのです。
—— 教育の質を担保するために、AIやDXの活用も進められているそうですね。
山根さん:はい。エンジニアリングを最近学び直していますが、一人ひとりに最適な教育コンテンツをAIで提案する「個別指導塾」のような仕組みを構築したいと考えています。人の感覚だけに頼るのではなく、データドリブンでロジカルに教育を組み立てる。ネパールの教育現場でも、紙の教科書ではなくスマートフォンアプリを使って最新の技術を届けたい。技術革新によって教育の速度は劇的に上げられるはずです。
—— 最後に、今後の展望について。株式会社いきがいは、どこへ向かっていくのでしょうか。
山根さん:戦略がないと言われるかもしれませんが、私は「やりたい人が現れた時に、その人と一緒に場所を作っていく」という自然な連鎖を大切にしたいのです。上場や規模の拡大だけが目的ではありません。人が集まっていった結果、いつの間にか社会の課題が解決されていた。そんな世界を作りたい。
—— 仲間と共に、未知の領域に挑み続けること自体が喜びであると。
山根さん:わかんないことに挑戦している状態が、一番やりがいを感じるんです。仲間を増やし、みんなで進んでいったら勝手になんとかなっちゃったよね、という。答えは最初から持っている必要はありません。仲間と共に打席に立ち、そのプロセスを楽しみ続ける。それこそが、私の考える経営のあり方です。
取材後記

数値目標も、上場も、明確なゴールも掲げない。それでも山根さんの話に一本の芯を感じるのは、「答えを先に決めない」という一点だけは揺るがないからだと思います。営業代行を教育の入口と呼び、山梨のブドウ畑やネパールの空にまで事業の裾野を広げていく。その一見とりとめのない広がりは、目標から逆算する事業計画からは決して生まれてこないものでした。
やりたい人が集まった結果、いつのまにか社会が少し変わっていた——そんな経営があってもいい。誰かが正解を握って号令をかけるのではなく、面白がる人が打席に立ち、時に空振りしながら前へ進む。その最後尾で、脱落する者がいないかを静かに見届ける。管理するのではなく、場を耕し続けること。山根さんの語る経営は、成果を諦めるのでも、理想に酔うのでもなく、その両方を手放さないまま、誰かの一歩を待ち続ける営みのように見えました。
【企業データ】
会社名:株式会社いきがい
事業内容:学生向け教育事業(営業代行インターン)、農業事業、海外研修プログラムの開発・運営、
経営コンサルティング
所在地:〒211-0006 神奈川県川崎市中原区丸子通1-612-9 1302号室
資本金:3百万円
従業員数:社員7名(別途学生パートナー約30名)
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