【シリーズ:IKIGAI経営と地域連携】老舗運送会社は、なぜローカル・ゼブラを目指すのか(大橋運輸株式会社)
中小企業庁は、ビジネスの手法で地域課題の解決に取り組み、収益も確保する企業を「ローカル・ゼブラ企業」と呼んでいます。社会課題の解決と経済成長の両立を、シマウマの白黒になぞらえた呼び名です。愛知県瀬戸市で1954年に創業した運送会社、大橋運輸株式会社は、瀬戸市・社会福祉協議会と三者協定を結び、駅の近くの交流施設「せと84(はちよん)ひろば」で、公立病院や警察、銀行協会と連携した講座を無料で開き続けています。老舗の運送会社は、なぜ地域課題を自分の事業にしようとしているのか。ローカル・ゼブラを目指す企業の取り組みとして、社長の鍋嶋洋行さんと管理栄養士の林咲希実さんに伺いました。
1.駅の近くに、無料の場をつくる
——この施設では、どんなことが行われているのですか。
鍋嶋さん:普段は10時から4時まで開けていて、交流したり、勉強したりしています。公立病院が院内で行っているセミナーを、ここで毎月開いていただいています。7月は14講座ほどありました。銀行協会と連携した相続やお金の講座、警察の交通と防犯、市民団体の講座もあります。9月はさらに増えます。
——運営は、どのような形で行っているのですか。
鍋嶋さん:運営は当社の社員です。ボランティアの方が今17名いて、午前中は来られる方に声をかけています。中小企業にボランティアがいるというのも面白いと思います。講座のスケジュールは、今年7月に入社した管理栄養士の林さんがつくっています。
林さん:公立病院の担当者からテーマをいただいて、あとは私が、このようなカラフルなスケジュールにしています。

——費用はどうなっているのでしょう。
鍋嶋さん:運動教室も無料、セミナーも無料です。すべて大橋運輸が費用を出しています。経理には小言を言われます。お金を取らないのに、こんなにやって、と。
——ほかにも、無料でやることはありますか。
鍋嶋さん:経済的な事情で塾に通えない小学生から高校生のために、無料の塾をこの秋から土曜日に始める計画です。教える側にも、無償で関わってくれる人が名乗り出てくれています。
鍋嶋さん:地域の交流施設はあっても、公的なものはこれから閉鎖や建て替えが進みますし、特定の方だけが来て、なかなか広がりません。いろいろ調べても、民間でこのような施設はありません。ここは駅から近くて、質の高い学びが聞けて、出会って交流して、家から出るきっかけにもなります。
2.門前払いから三者協定へ──行政は「後押し」に回った
——この施設は、瀬戸市・社会福祉協議会・大橋運輸の三者協定で運営されているそうですね。そこに至るまでの経緯を教えてください。
鍋嶋さん:前は門前払いでした。それが後援になって、共同開催になって、協定になった。国の表彰をいただいたのがきっかけです。
——協定があることで、何が変わりますか。
鍋嶋さん:民間の交流施設だけでしたら、公立病院も来ませんし、警察もやりませんし、銀行協会もやりません。三者協定は手間がかかりますが、公的なブランドになります。ただ、やっていることはほぼこちらが中心で、予算にも公的資金は入っていません。すべて自前です。
鍋嶋さん:公的な看板は行政が出し、中身と財布は民間が持ちます。この形ができてから、講座の顔ぶれは公立病院、警察、銀行協会、市民団体へと広がり、大手企業からの協力も増えました。警察と組んだ特殊詐欺の講座は、全国でも初めての試みでした。

——8月6日には、市民向けの大きなイベントもありましたね。
鍋嶋さん:市民が350名来てくださって、ボランティアを入れると400名ほどになります。一企業でこれだけ集まるのは、なかなか無いと思います。
鍋嶋さん:このイベントは今年で5回目です。初回の参加者は52名でした。施設には他県からの視察や、東京の企業の見学も相次いでいます。
鍋嶋さん:当社がいろいろな地域活動をやってきて、「大橋さん、いつもいろんなことをやってくれるよね」というのは浸透してきました。突拍子もないことをやっても、「大橋さんだな」と。
3.運ぶ会社が、暮らしの導線を設計する
——運送会社がここまで地域に関わる導線は、どこにあるのでしょう。
鍋嶋さん:引越から遺品整理に入り、今は生前整理まで広げています。生前整理は、部屋を片付けて動線を確保することです。これから在宅医療はどんどん増えますが、家の中に物があふれていたら、骨折もしますし、地震が起きたら被害も大きくなります。元気な方も、要介護になったときに、ここで相談して医療や福祉につなげて、家の中の片付けは当社がやる。これは全国に無いと思います。

——介護の分野にも乗り出しているのですか。
鍋嶋さん:この奥の部屋で、居宅介護支援事業の準備をしています。主任ケアマネジャーが入社してくれました。福岡からこちらに戻ってきて、福祉の仕事を調べていたところ、運輸なのに地域包括ケアシステムと書いてあるので、なぜだろうと思って見に来てくれたのです。地域の医療と連携できるようになれば、間接的に当社の個人向けの仕事は増えます。
——無料の講座も生前整理も、暮らしの中で一本の導線でつながっているように見えます。運送会社にこれだけ専門職が集まるのは、なぜでしょう。

鍋嶋さん:このような活動をしていなかったら、絶対に入ってこないと思います。求人から選ぶ人ではなく、自分で調べてアクセスしてくる人が来ます。大型トラックに乗りたいというより、地域に貢献したいと言って来られるようになりました。
鍋嶋さん:短期的な営利でなければダメだという会社が多い中で、当社は、これをやると相乗効果でこれが伸びるから、あなたはこれをやってください、と言えます。やりたくないことをやるより、やりたいことをやって間接的に本業につながる。だから専門職はやりがいがあると思います。
林さん:私はもう、自分の中にあるアイデアを次々に形にしたいタイプです。毎日お風呂に入りながら、あれができるかな、これができるかなと考えています。楽しいです。
鍋嶋さん:当社は目的意識がないと、自分で考えてやっていかなければいけませんから、ただ言われたことをやる仕事は少ないです。やりたいことがある人は楽しいですが、ルーティン作業が中心の人はつらい会社です。労働力が欲しいわけではなく、目的意識のある人が来てくれます。
4.「もう知恵しかない」──縮む財源と、地域経営の時間軸
——鍋嶋さんは、ローカル・ゼブラという言葉を意識されていますね。
鍋嶋さん:ローカル・ゼブラは、地域課題に対して、地元や地域の企業が連携しながら解決していくということです。当社は愛知県にあって、日本のローカル・ゼブラの中小企業事例として検索すると上の方に出てきます。ブライト500のような認定も意識していないわけではありませんが、それは結果であり、あとからついてくるものです。健康経営は、地域課題に挑戦するために行っています。社内だけでは、実際にどこまで取り組んでいるか外からは分かりませんが、地域の活動にすれば分かりますから。
——行政の側の事情も変わってきています。
鍋嶋さん:地域財源はどんどん減っていきます。お金が無いからできないのではなく、地域の企業や人材をどうつなげて、地域課題に挑戦するかです。社会保障費は増えますが財源はありません。もう知恵しかないのです。
——その想いは、伝わっていますか。
鍋嶋さん:意外と、伝わってほしい人には伝わらず、はるか遠い人に非常に高く評価されます。複雑です。倉庫を建てました、これだけ売上が上がります、というのは分かりやすい。でも、ここで講座をやって、それでどうなるの、と言われます。運輸には形がありませんから、会社の考え方を伝えるしかない。だから社員には、なぜここに入ったのかを自分の言葉で書いてもらおうと思っています。
——社長に就いて28年、今も「運輸の社長らしくない」と言われ続けているとか。ゴルフも接待もせず、禁煙採用も貫き、業界として少数派でも新しい改革を進めてこられた。社名も変えないと決めている。その想いを聞かせてください。
鍋嶋さん:社長に就任したとき、創業者のおばあさんから、苗字を大橋に変えてほしいと言われました。そのとき、苗字を変えなくても大橋運輸はこれからも同じです、代表者が鍋嶋でも社名は大橋運輸として継続します、と伝えました。エッセンシャルワーカーは社会に必要だと言われていますが、社会的な評価はまだまだ低い。この業界の社会的なイメージを変えていきたいのです。これから少子高齢化・人口減少で、地域課題は増えていきます。その課題に、事業や社員を通じて少しでも貢献したいと考えています。
取材後記

取材のあと、中小企業庁が2024年3月に出した冊子『地域の課題を成長の原動力に』を読み返しました。ローカル・ゼブラの役割は「相利共生の関係を築き、地域を作っていくこと」だと書かれています。2026年3月の提言『持続可能な地域経済の実装に向けた提言』は、地域の老舗企業とローカル・ゼブラを、役割の異なる二つの主体として描いていました。
私たち日本IKIGAIデザイン協会は、IKIGAI経営を、ローカル・ゼブラの人の側の実装だと考えてきました。地域へ開く外側の設計と、一人ひとりのやりたいことに任せる内側の設計。その両方がそろってこそ、地域と人の営みが続いていく、という見立てです。
大橋運輸には、その両方が一つの会社の中にありました。70年を超える信頼を持つ老舗が、看板は公的に、財布は自前で、公立病院や警察や銀行協会と連携する。その内側では、自分で調べてやって来た専門職が、渡されたテーマを自分の企画に変えていく。私たちが言葉にしようとしてきたものを、瀬戸の運送会社は先に形にしていました。
「もう知恵しかない」という言葉は、諦めではなく、設計の宣言に聞こえました。その続きは、まだ誰の手にもありません。