「ゆりかごから墓場まで」の安心を社員に。仏教の教えと親心が育む「共にある」経営(尾張陸運株式会社)
「一生、運送会社で働くつもりはない」──右腕と信じた社員の退職の言葉に、経営者は深い葛藤を抱きました。
託児所、学童、社宅、農業、そしてグループホーム。本業の枠を超え、社員の生活を丸ごと包み込むその姿に、私たちは、人々の苦しみを救う仏教の福祉施設「四箇院」の面影を見ました。夜の学生寮を回った泥臭い日々、ヤンキー上がりを信じ抜く親心。「動機が善の投資は成功する」と語る経営の根底には、深い愛情と利他の精神が流れています。成果や効率が優先される時代に、社員と地域が「一生安心して生きられる場」を創り続ける、温かくて人間味溢れる経営の真髄に迫ります。

尾張陸運株式会社:伊藤 敏彦さん(代表取締役)、栗木 清次さん(取締役)、牧野 泰之さん(主任)
インタビュアー:南山大学「企業とコミュニティ研究会」プロジェクトメンバー
南山大学 経営学部:川北 真紀子さん(教授)
慶應義塾大学大学院:余田 拓郎さん(教授)
茨城キリスト教大学 経営学部:澤端 智良さん(准教授)
一般社団法人日本IKIGAIデザイン協会:熊倉 利和(代表理事)
本記事は、普段のIKIGAI経営の視点に加え、南山大学 研究プロジェクトのメンバーが、企業とコミュニティーの関係性というテーマを深掘りした特別インタビューです。
1. 「社長の背中に将来がない」──葛藤の末に出会った仏教の教え
熊倉さん: 尾張陸運さんは、現在グループで11社を展開し、社員の皆さんが生き生きと働かれていると伺っています。ここに至るまでの経営の原点について教えていただけますか。
伊藤 敏彦さん(以下、伊藤さん):僕が39歳で社長に就任した時は、10人くらいの家族経営の会社だったんです。そこから少しずつ会社が大きくなり、30人規模になった頃、僕の右腕、左腕となるような仕事のできる優秀な人間が、次々と辞めていってしまったんですね。
理由を聞くと、「一生、運送会社で働くつもりはない」と言う。「お金の問題じゃない」と。その言葉は、僕にとって「社長の背中に将来がないな」と突きつけられているようで、本当にショックでした。
熊倉さん: 経営者として、非常に辛い現実を突きつけられたのですね。
伊藤さん:はい。そこから、「どうしたら、社員が一生ここにいたいと思える会社にできるんだ」ということを、40代の前半はずっと真剣に悩み続けました。食うのがやっとという状態から、なんとか「一生の安心」を作れないかと模索し続けていた時、50代前半で仏教の教えに出会ったんです。
そこに、「死ぬまで安心」という答えがありました。
そこから、社会になくてはならない企業グループを目指し、生涯働き続けられる不安のないシステムを作ることを決意したんです。高齢者や女性の社会進出を手助けし、誰もが主役になれるステージを作る。そして、自前で20人の社長を育てようと。
熊倉さん: その「死ぬまで安心」という仏教の実践が、今のグループ展開に繋がっているのですね。
伊藤さん:そうです。今、グループで11社ほどになりましたが、自動車修理、人材派遣、環境エネルギー、不動産管理、そして介護や保育を行う社会福祉法人まであります。
これらはすべて、外から社長を連れてきて企業を作ったわけではありません。社内にいる人間が、ドライバーとして入社してきても、年齢や体力に応じて適材適所のステージを持てるようにした結果なんです。

栗木 清次さん(以下、栗木さん):私は伊藤社長の高校の同級生なんですが、公務員として消防署で60歳まで勤め上げた後、「行くところがないから雇ってくれ」と言ってここに来ました(笑)。今、社内には同級生が5人います。最年長は81歳で、現役のフレックスで働いていますよ。その方はお金じゃなくて、やっぱり人に「ありがとう」と言われることが生きがいみたいで。
伊藤さん:ドライバーが現役でやれるのは、体力的に70歳くらいまでがギリギリです。だから65歳で一旦定年を迎えた後も、農業や倉庫作業、介護のサポートなど、いろんな選択肢が持てるようにグループを増やしています。生涯ずっと付き合える会社でありたいんです。
2. 「ゆりかごから墓場まで」の安心のステージ
熊倉さん:「お話を伺っていると、伊藤社長の取り組みは、聖徳太子が仏教の教えに基づいて創設したとされる『四箇院(悲田院、敬田院、施薬院、療病院という、孤児や高齢者、病人を救うための総合福祉施設)』の現代版のようだと感じます。」
伊藤さん:「四箇院と並べていただくのは、おこがましい話ですけれど——お話を伺っているうちに、自分の中にも、そういう場所に少しでも近づけたら、という思いが、たしかにあったのだと思います。」結局、僕がやりたいのは「ゆりかごから墓場まで」の安心を作ることなんです。
今の時代、お給料を少し増やしても、税金や社会保険料で引かれてしまって、社員の手取りはなかなか増えません。だったら、生活にかかるコストそのものを会社が負担したり、現物で支給できる仕組みを作ればいい。
例えば、パートの女性が働きやすいように、無料で預けられる「託児所」を社内に作りました。そしたら今度、子どもが成長して託児所を卒業すると、夏休みや春休みに学校が休みになってパートさんが働きに来られなくなる。だから、慌てて「学童」も無料で作りました。
余田さん:社員のライフステージの困りごとに合わせて、次々と仕組みを生み出しているのですね。
伊藤さん:生活コストを下げるという意味では、社員向けに180部屋あるアパートを買い取って、4LDKの部屋を家賃5万円で貸し出しています。また、会社の保険代理店を通じて、社員個人の車の保険料が安くなる仕組みを作りました。
現在、農業生産法人を立ち上げようとしているのも同じ理由です。会社で田んぼを借りて、週末に社員が自分たちで米や野菜を作る。自分たちで作ったお米を自分たちで消費するなら、生活費が浮くし、現物給与のような形で手取りが増えることになります。それに、土に触れると食べ物への感謝の念が自然と生まれて、人が優しくなるんですよね。

余田さん: 高齢になった後のケアについては、どのようにお考えですか。
伊藤さん:今、社会福祉法人の理事長と進めているのが、「グループホーム」の建設です。
そこに、独身の高齢社員などが入居し、年金にプラスして少し働きながらグループホームの介護のお手伝いをする。その手伝った分をポイントとして付与して、いざ自分が寝たきりになった時には、そのポイントで見てもらえるような「相互扶助」の仕組みを社内に作れないかと考えています。国に頼るのが難しい時代だからこそ、自分たちでやれる安心の仕組みを創りたいんです。
3. 夜の学生寮を回った泥臭い日々。ヤンキー上がりを信じ抜く親心
川北さん:これだけの事業を展開するには、多様な人材の成長が不可欠だと思います。社員の方々の可能性を、どのように引き出しているのでしょうか。
伊藤さん:実は、うちの会社の管理職の半分以上は、もともと引っ越しのアルバイトで入ってきた子たちなんです。
僕が30代前半の頃、引っ越しの仕事がたくさん集まったんですが、人が足りなかった。そこで、毎日夜の7時から8時くらいに、愛知学院とか名古屋学院とかの学生寮をピンポンピンポン鳴らして回ったんですよ。「日払いのバイトで、1日8000円出すから来てくれませんか」って、名刺を配り、直接的にアルバイトのスカウトを行いました。
川北さん: 自ら夜の学生寮を回ってスカウトされていたとは、すごい泥臭さですね!
伊藤さん:そうやって1ヶ月で50人くらい集めて、友人からの紹介を通じたネットワークが拡大し、短期間で人員の急増に繋がりました。人が集まると、今度は同業他社に派遣できるようになり、それが現在の人材派遣業の原型になりました。
その時、「人っているだけで何でもできるんだな」と気づいたんです。労働集約型の仕事って、ある意味「可能性の塊」なんですよ。とりあえず「1日8000円」に釣られて入ってきた子たちが、そのまま社員になって、ドライバーになって、今うちの管理職の半分以上を占めています。
川北さん: 過去の経歴ではなく、入社してからの可能性を信じているのですね。
伊藤さん:ヤンキー上がりみたいなやつも、みんな管理職になっています。「体に絵(タトゥー)が入っていようが、お前の可能性はまだあるよ」と育ててきました。

普通なら、過去の経歴でダメだと言われるかもしれません。でもこのあいだ、その絵の入った元ヤンキーが、新入社員の教育で「2026年問題」について、自分で作ったパワーポイントを使って堂々と論理的に説明しているのを見たんです。本当に感動しました。よそなら1ドライバーで終わっていたかもしれない子が、立派に人を育てているんです。
熊倉さん:まさに、仏教の慈悲のような、深い愛情を感じます。
伊藤さん:人って、モチベーションさえあれば能力はいくらでも伸びるんです。僕自身、モチベーションだけでやってきた人間ですから、僕ができたことは誰でもできると信じています。
つい最近も、友達の息子が中学からグレてしまって少年院に入っていたんですが、今年の3月に出られることになった。でも身元引受人がいなくて困っていたら、うちのそのヤンキー上がりの管理職が「僕が彼を更生させます。僕なら全然直せますから」と手を挙げてくれたんです。実際に保護司の方との面談にも行ってくれて。みんな、自分の経験を元に後輩を育てようとしてくれる。それが本当に嬉しいですね。
4. 「動機が善」なら結果も善。失敗を許容し、アファメーションで夢を描く
澤端さん:これだけ多様な事業を展開し、社員に任せていく中で、失敗への恐れはないのでしょうか。
伊藤さん:失敗はいっぱいありますよ(笑)。でも、人間は失敗からしか学べません。成功は調子に乗るだけです。
これまで、同じ2000万円を投資するにしても、「これをやったらキャッシュフローが良くなるぞ」と、楽してお金で儲けようと思った投資はみんな失敗しました。でも、「人のためにステージを作ろう」という善の動機で投資したものは、意外とみんな良い結果につながっています。動機が善のやつは結果も善だったんです。逆に動機が悪のやつは、みんな失敗しました。
澤端さん: 失敗を許容し、成長を見守る。社員教育に対する哲学を教えてください。
伊藤さん:社員教育は子どもの教育と一緒です。親心のような愛情がなければやれません。何年も赤字を出している事業もありますが、その子が自分で気づいて変わってくれるまでは、親のように見守るしかないと思っています。親が僕にしてくれたことと同じです。
よく社員にも言うんですが、「レンガ職人」の話がありますよね。ただ愚痴を言いながらレンガを積んでいるのか、このレンガが建物の基礎になって世界平和に繋がると思っているのか。そのモチベーションによって、5年後、10年後のその子は全く変わります。

澤端さん: 社員の方の想像力を育むために、どのような工夫をされているのですか。
伊藤さん:僕は20代の頃、お金がなくて本が買えなかったので、本屋に行って立ち読みばかりしていました。買っちゃうと安心して読まないですからね(笑)。でも、そうやって読書をしたことが想像力を育んでくれました。学校教育って左脳(記憶力)ばかり鍛えますが、人間にとって本当に大事なのは右脳(想像力)だと思っています。
僕は15年ほど前、アファメーション(夢を明確に描くこと)のセミナーに参加して、画用紙に「大きな物流センター」の絵を描いて机に貼っていたんです。そしたら、本当にその物流センターが手に入った。
だから今、30代の管理職たちにも、経営計画書の中に「5年後、10年後の自分の立ち位置」や会社の未来を絵に描かせています。モナリザのジグソーパズルと同じで、完成図(イメージ)がないと、1000ピースあっても組み立てられません。自分が社長になって分社化するのか、どんな事業をやりたいのか。そうやって夢が語れるリーダーを育てていかないと、組織は下から腐っていってしまいますから。
5. 地域のインフラへ。運ぶ枠を超え、町が共に生きる「ライフライン構想」
川北さん:地域との関わりについてもお伺いします。会社の駐車場を利用して、大きなマルシェを開催されているそうですね。
伊藤さん:あれは、あるドライバーが「会社の駐車場を使ってフリーマーケットみたいなことをやりたい」と言い出したのがきっかけです。「尾張陸運の名前を出していいか」と聞かれたので、「いいよ、やってごらん」と後押ししました。
社員たちが自分たちで企画から運営までやったんですが、今では年に1回、キッチンカーや物販も集まり、地域の方々が1500人くらい来てくれる大きなイベントになりました。10トントラックの運転席に乗れる体験コーナーを作ると、子どもたちが大喜びで集まってくる。そこで社員が子どもたちを抱っこして、オリジナルの「こども免許証」を作ってあげているんです。

川北さん: 社員の方々自らが地域との接点を作り、誇りを感じているのですね。
伊藤さん:毎日トラックに乗っていると、自分たちの仕事が当たり前になってしまいます。でも、こうして地域の人に喜ばれ、「1500人も集まるなんて、俺たちすごいことできるんだ」と気づくことで、会社に対する誇りや感謝の念が生まれてくる。
だから僕は、会社の良い取り組みを業界の新聞などにはあえて出さないようにしています。業界内での妬みにつながるだけですから。それよりも、社員の子たちが「この会社で良かった」と誇りを持てることの方が、何百倍も大事なんです。
熊倉さん: 最後に、尾張陸運の今後のビジョン、「これから目指す未来」について教えてください。
伊藤さん:僕がずっと温めている構想に「ライフライン」というものがあります。例えば尾張旭市には約3万8000世帯ありますが、僕らのトラックは毎日、その各家庭の近くを走っています。
この物流のネットワークを使えば、ただ荷物を届けるだけでなく、高齢者の見守りや買い物支援、地域のフリーペーパーの配布など、あらゆる生活のインフラになれるはずです。大手の宅配便だと1個180円の単価で苦しい思いをしていますが、僕らが地元限定で300円で配る仕組みを作れば、町のパン屋さんが朝焼いたパンも各家庭に届けられる。
地域の困りごとを解決し、行政の手が回らない部分を僕たちが担う。町で一番の運送会社が、地域のライフラインとして機能するようになれば、日本はもっと変わると思うんです。
事業を通じて人の生活を守り、そして僕らの会社で働く社員たちが、この先もずっと安心して笑顔で生きていける。そんな「共にある」未来を、これからも仲間たちと一緒に創り続けていきたいと思っています。
取材後記

「一生ここで働きたい会社」を求める伊藤社長の切実な葛藤から、尾張陸運のIKIGAI経営は始まりました。それは事業を人を動かす「手段」ではなく、成長し幸せになるための「ステージ」とする経営です。
託児所やグループホームといった制度の根底には、「死ぬまで安心を創る」仏教の教えと、ヤンキー上がりをも信じ抜く親心のような深い愛情が流れています。取材を終えてみると、社長は企業という器で、社員の生活と人生を丸ごと包み込んでおられました。仏教の「四箇院」が、形を変えて、ここに静かに息づいているように、私たちには感じられました。離職や失敗の影すらも「共に創る」エネルギーに変えています。IKIGAI経営とは、完璧な管理ではなく、人が自ら幸せになる空気と関係性をひらく温かな営みだと、改めて深く共感しました。
【企業データ】
会社名:尾張陸運株式会社
事業内容:一般貨物自動車運送事業、倉庫業、人材派遣業、自動車修理事業、社会福祉事業、農業生産事業など
所在地:〒488-0840 愛知県尾張旭市印場元町5-4-1
資本金:99百万円
従業員数:240名(パート・アルバイト含め約500名)