「土が、ぬるっと回る。変化する。」——鎌倉・長谷のろくろ体験で、茶碗をつくってきました
このシリーズは、IKIGAI広場の編集メンバーが交代でリレー形式で書いていく、日常の中のちいさな冒険の記録です。
テーマはただひとつ、「よりみち」のように趣味を探していくこと。
目的地に向かう途中で、ふと気になった路地に入ってみる。いつもの帰り道をちょっとだけ変えてみる。そんな風に、計画にはなかった人生の寄り道をみつける冒険。
大それたものでなくていい。「なんかいい感じかも、試してみようかな?」という、その程度の軽さで踏み出した先に、何があったのかをレポートしていきます。
初回の第1回は、わたし(わたなべゆみこ)がずっと気になっていた、ろくろ体験でお茶碗づくりをしたお話です。
1.きっかけは、スマホの画面でした
深夜、布団に入ってからスマホをぼんやりスクロールしていたら、ろくろで土が成形されていく動画が流れてきました。
音もなく、土が回り、みるみるうちに形になっていく。ただそれだけの動画なのに、気づいたら20分以上見ていました。催眠術のような引力がありました。「自分でやったら、どんな感じなんだろう」——それだけでした。
次の朝、「ろくろ体験 鎌倉」と検索して、長谷にある工房を見つけました。長谷といえば大仏、というくらいしか知らなかったのですが、工房のページを見たら、コンクリートの壁と木のベンチが映えた、落ち着いた空間の写真がありました。参加費は5,500円。「ものは試し」と思って申し込みました。
2.あじさい見たさの寄り道で鎌倉・長谷まで
当日、江ノ電で長谷駅を降りると、大仏方面に向かう観光客の流れがありました。わたしはそこから少し外れた路地に入っていきました。観光地のにぎわいから一本入っただけで、空気がすとんと落ち着く感じがありました。古い民家と小さな商店が混在する通りで、遠くで江ノ電の音がしていました。
工房の入口は引き戸で、外から見ると何の建物かわからないくらい地味でした。引き戸を開けると、コンクリート打ちっぱなしの壁と、木のベンチと、ろくろが静かに並んでいました。土と水が混じった、落ち着く匂い。あ、ここは別の場所だな、と思える匂いでした。
先生はブラウンのエプロン姿の女性で、静かで丁寧な話し方をする方でした。参加者にも同じエプロンが渡されました。着けた瞬間、少しだけ「この場所にいる人」になれた気がしました。エプロンひとつで気持ちが切り替わるというのは、おもしろいものです。
3.力ではなくろくろの回転に委ねる
最初の工程は「土殺し」。土の中の気泡を抜きながら中心に集める作業です。先生がやってみせると30秒で終わりましたが、わたしがやると土が左右にぶれました。力を入れれば入れるほど、土が逃げていく感覚がありました。思い通りにしようとすればするほど、うまくいかない。この感覚を何度か繰り返しました。
「手ではなく、ろくろの回転に委ねる感覚です」と先生は言いました。
自分でコントロールしようとするほどうまくいかない。ろくろが回っているから、手はそこに添えているだけでいい。言葉では簡単ですが、体がそれを理解するまでには少し時間がかかりました。力を抜いたとき、初めて土がこちらに応えてくれる感覚がありました。
形を作っていく工程では、先生がわたしの隣に座って手を添えながら教えてくれました。写真のように、先生の手とわたしの手が一緒に土に触れる時間がありました。先生の手がわたしの手の上に重なったとき——土が、するっと動きました。さっきまで言うことを聞かなかった土が、ふわっと薄くなって、壁が立ち上がっていきました。「あ、こういう感触なんだ」と思いました。力ではなく、ほとんど撫でるように。その瞬間の感触が、今でも手に残っています。
しばらくすると、考えが止まっていました。仕事のこと、締切、来週の予定——そういったものが、ふっと消えました。ろくろが回る低い音と、冷たい水の感触と、土が薄くなっていく感覚だけが残りました。2時間のうち、この「無になる時間」が20〜30分はあったと思います。こんなに「今ここ」にいた時間は、久しぶりでした。子どもの頃、何かに夢中になっていたときの、あの感じに少し似ていました。
4.できあがったのは、織田信長が飲みそうなお碗
狙っていたのは、平茶碗。口径が広く、どっしりと低い形です。ろくろで作るのは難しいと聞いていましたが、できあがってみると、想像以上の出来栄えでした。
先生に「これ、うまくいきましたね」と言ってもらったとき、正直、少しガッツポーズしたかったです。口径がぐんと広がって、貫禄のある形になっていました。戦国武将が片手でつかんで酒でも茶でも豪快に飲み干してしまいそうな、おおらかな碗。わたしのなかでは完全に「織田信長の碗」と命名しました。
木の板の上に乗せて眺めていたら、「ちゃんと、なりたいものになったな」という気持ちがありました。釉薬はお任せなので、焼き上がって届くまで、どんな色になるかわかりません。「届いてみてのお楽しみですね」と先生が笑っていました。それでいいな、と思いました。
5.それから
翌日、昼ごはんを食べながら、ふと手元の食器を眺めました。いつも使っている量産品の器が、急に「全部おなじ」に見えてきました。
会社の帰りに、ふらっと入った雑貨屋で、棚に並んだ陶器のマグカップをひとつひとつ手に取って見るようになってしまい「これは手でつくったのかな」「この歪みは意図的なのかな」と思いながら、そのうちのひとつを買っちゃいました。わたしにはちょっぴり高価な3,500円のマグカップ。ろくろ体験をする前には、たぶん素通りしていたかもしれません。
たかだか2時間の体験が、こんな風にわたしの日常にゆらゆらと余波を起こすとは思っていませんでした。使っているものの後ろに、誰かの手の動きが見えるようになった、とでも言えばいいでしょうか。ものを見るときの解像度が、少し上がった気がします。あと、鎌倉・長谷にまた行きたいと思っています。工房とは関係なく、あの路地の空気がよかったので。次は江ノ電を一駅乗り過ごして、知らない駅で降りてみてもいいかな、とも思っています。よりみちが、次のよりみちを呼んでいます。1か月ほど後に届く「信長の碗」が、どんな表情をしているか。いまから楽しみにしています。
次回の「よりみち日記」もお楽しみに。
【よりみち情報】
場所:〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷 2-13-46
HP:https://kamakura-pottery.com/

