絶望の夜が教えてくれた、すべてを包む愛(合同会社太陽と虹)
「誰かに愛されたい。」その想いを胸に大阪・北新地の夜の世界を生きてきた柳本陽子さん。大切なパートナーの突然の死によって大きな転機を迎えます。絶望の中で彼女が出会ったのは、思いがけない「愛」の感覚でした。悲しみを消すのではなく、抱きしめながら生きていくこと。柳本さんがたどった、魂の再生の歩みを伺いました。

合同会社太陽と虹:柳本 陽子さん(代表)
1. 華やかな夜の世界で抱えていた「愛されたい」という孤独
――柳本さんは現在、奈良・平城宮跡の古民家で、カウンセリングや唄、舞の活動をされています。穏やかな雰囲気からは想像がつきませんが、かつては全く違う世界にいらっしゃったそうですね。
柳本 陽子さん(以下、柳本さん): はい。もうずいぶん前のことですが、大阪・北新地の華やかな夜の世界で働いた後、老舗ショットバーでバーチーフを任され、後に自分のお店を持ちました。 私にとって仕事とは、「お客様に愛され、必要とされること」でした。 カクテルの腕を磨き、大会で賞をいただき、会話術も身につけました。誕生日にはお店がお花でいっぱいになり、傍から見れば、順調なキャリアに見えていたと思います。
――多くの人に愛されていたように見える中で、柳本さんご自身はどんな想いを抱えていたのでしょうか。
柳本さん: 今思えば、私はずっと 「認められたい、愛されたい」という渇きを抱えていました(笑)。
どれだけ人に囲まれていても、 どれだけ仕事がうまくいっても、 心の渇きだけは、埋まらなかったんです。むしろ、華やかな世界にいるほど、心の孤独が浮き彫りになるようでした。 私はずっと、 頑張れない自分も、弱い自分も、丸ごと愛してくれて、欠けていると思い込んでいた自分を埋めてくれる「誰か」を探していたのだと思います。
――「愛されたい」「必要とされたい」という想いが、仕事の原動力にもなっていたのですね。
柳本さん:はい。 自分らしく生きているつもりでも、実際は 「人からどう見られるか」「愛される価値があるか」常に他人の評価を基準に生きていました。恋愛でも、相手に尽くすことで自分の価値を確かめ、失うことを極端に恐れる――。
今振り返れば、依存的な関係だったと思います。そんな不安定な心の状態の中で、私は心理学やスピリチュアルを学び始めました。最初は、「もっと必要とされる自分になるため」だったと思います。でも次第に、 人の心の奥深さや、目に見えない世界への探究心の方が大きくなっていきました。
そして2017年、私は店を閉め、心理カウンセラーの道へ進む決意をしたのです。

2. 共依存の終わり愛する人の「闇」と向き合った日々
――大きな転身ですね。カウンセラーとしての活動は順調だったのですか。
柳本さん: 仕事としては、最も忙しい時期でした。 セミナーには人が集まり、予約も埋まり、ありがたいことに多くの方に必要としていただいていました。 でも、その一方で、私生活では大きな試練が待っていました。当時、大切に思っていたパートナーが、うつ病に苦しんでいたのです。
――それは本当に苦しい状況ですね。専門知識があっても、身近な人を支えるのは難しいと聞きます。
柳本さん: 本当に、その通りでした。私が仕事で忙しくなり、周囲に必要とされるほど、彼は「自分はダメだ」と苦しみを深めていったように思います。私は、何とかしたかった。 救いたい一心でした。仲間のカウンセラーに相談し、支えてもらっていたこともあります。
でも、彼の苦しみはあまりにも深く、毎日同じ空間で向き合い続ける中で、私自身も少しずつ心を消耗していきました。 気づけば、疲れている時の私は、彼にイライラしてしまうことも増えていました。優しくできない。支えたいのに、自分も壊れていきそう。今思えば、私たちはお互いを支えようとして、同時に依存し合うような関係になっていたのだと思います。
——苦しかったですね。
柳本さん: はい。 そして私は、ある時、「このままでは、二人とも倒れてしまう」と思い、苦渋の決断をしました。「少し距離を置こう」そう伝えたのです。 別れるためではなく、 お互いが潰れないために、そして、また向き合えるようになるために。 そうして私は別のマンションを借り、彼も納得した上で、別居の準備を進めました。
――お互いを守るための選択だったのですね。
柳本さん: 当時の私は、そう信じるしかありませんでした。別居が始まった頃、私は医療機関との新規事業の立ち上げを任され、寝る間を惜しむほど忙しい日々を送っていました。 彼とも、少し距離を置こうと、連絡を控えていたんです。
そんなある日、私から連絡をしても、返事がありませんでした。「何かおかしい」ずしりと重くなる感覚 ――その違和感を払拭する思いで、 私は彼と猫がいるはずのマンションへ向かいました。夜22時前、なぜか、玄関の鍵は開いていました。扉を開けた瞬間――そこは、もう“いつもの部屋”ではありませんでした。そして、この出来事が、 私の人生を一変させることになります。

3. 絶望の夜。「プツン」と切れた瞬間、世界は静寂に変わった
柳本さん: 彼のマンションに着き、扉を開けた瞬間です。五感が、一斉に異変を告げました。
そこはもう、人が生きている空間ではありませんでした。奥にはパソコンの灯りだけが、静かに点いていました。「もしかしたら倒れているのかもしれない」 そう思って名前を呼びました。でも、返事はありません。 中へ入ろうとしたその時、 突然、体が動かなくなったんです。
足が床に張りついたように、一歩も前に進めませんでした。どうしていいかわからず、私は近くの消防署へ助けを求めました。 消防隊の方が部屋へ入り、彼と猫を探してくれました。私は玄関の外で座り込み、ただ呼吸を整えることしかできませんでした。
しばらくして、消防隊の方が私に告げました。「(私の部屋の)クローゼットで発見しました」彼はそこで、自ら命を絶っていたのです。その言葉を聞いた瞬間でした。 悲しみ。 後悔。 罪悪感。 恐怖。 あらゆる感情が津波のように押し寄せ、心臓が握りつぶされるようでした。 警察が駆けつけ、サイレンが響き、無線の音が飛び交う。精神が壊れてしまいそうでした。
――言葉が見つかりません。まさに、極限状態ですね。
柳本さん: はい。「もう、すべてが終わった」 そう思った、その時です。私の中で、「プツン」と何かが切れる音がしました。そして突然、世界が静まり返ったのです。警察の声も、サイレンも聞こえているのに、まるで遠くの出来事のようでした。 私と世界との境界が消え、 深い静寂に包まれていきました。 そしてその静けさの中で、その場がただ、圧倒的な“愛”に包まれている感覚へと変わっていったのです。
――愛、ですか? その極限の現場で?
柳本さん: はい。 亡くなった彼と、生きている私。その境界さえ判らなくなっていました。彼にも私にも、もともと流れていた「本質」のようなものだけが、静かに溶け合っていく感覚でした。 そして、そこには、 後悔も、罪悪感もありませんでした。
ただ、「何も失われていない」という確信だけがあったんです。 そして、「ずっと愛されていたし、愛していた」という、揺るがない感覚。 それは、初めて触れるのに、 どこかずっと前から知っていたような、 深い静かな至福でした。 その時、私は感じたんです。「すべては愛だったんだ」と。
4. なぜそれは“愛”だったのか
――とても神秘的な体験です。しかし、なぜ極限の出来事の中で、「愛」を感じられたのでしょうか。普通なら、拒絶や絶望として受け止めてしまいそうです。
柳本さん: 正直に言うと、 今でも理屈では説明しきれません。ただ、あの時の私は、 絶望の中で、自分自身に問いかけていました。私はこれまで、クライアントさんにも「どんな状況にも愛はある。だから諦めないで」そう伝えてきました。でもあの夜、自分に問いかけたんです。「こんな状況でも、愛はあるの?」と。
その直後でした。「プツン」という音とともに、 私の中で何かが完全に崩れたんです。今思えば、あれは人生を支えていた “自我(エゴ)”だったのかもしれません。頑張らなきゃ、支えなきゃ、救わなきゃ、そんな、自分を支えていた価値観ごと崩れてしまった。そして極限状態で、 私は初めて“降参”したのだと思います。
その時、柳本陽子という枠を超えた、「名前のない私」のような視点で、起きていることを見ていました。その視点に立った時、少なくとも私の内側では、彼の死をただ拒絶や絶望としてだけ受け止めることができませんでした。そこにあったのは、言葉にならないほど静かな、慈しみのような愛だったのです。

――その時、柳本さんの中では、彼への感じ方が変わったのでしょうか。
柳本さん: そうかもしれません。それが彼自身のものだったのか、その場全体に満ちていたものだったのかは、今もわかりません。ただ私は、その瞬間、彼をとても近くに感じました。
そして、彼の中にあった深い優しさのようなものに、初めて静かに触れた気がしたんです。もちろん、悲しみが消えたわけではありません 。現場を離れた後、私は深い喪失感の中にいました。 涙が止まらず、震えながら過ごす日々でした。
それでも私の奥底には、揺るがない安らぎがありました。目に見えないところでは、愛は変わらず流れ続けている。どんなに嘆いていても、深いところでは、ずっと共に在る。そんな確信を持つことになった体験でした。
5. 悲しみはやがて静かな慈しみへ
――その強烈な原体験が、現在の柳本さんの活動へとつながっていったのですね。
柳本さん: はい。 あの出来事は、私の人生の見え方を根本から変えていきました。 以前の私は、 苦しみや悲しみ、ネガティブな感情を、「手放されるもの」「乗り越えるもの」 だと思っていたんです。 でも、今は少し違います。無理になかったことにするのではなく、 人生の一部として受け止め、 やがて“慈しみ”へと還っていくもの、なのだと感じています。
亡くなった彼との日々、後悔、あの日の光景、どれも簡単に消えるものではありません。今でも、一人で死を選んだ彼の気持ちを思うと、苦しくなることがあります。 悲しみがなくなったわけではありません。でも、あの夜に触れた 「愛の視点」が、少しずつ私を支えてくれました。
時を経て、奈良・平城宮跡の大地と自然の中で暮らしながら、 私はようやく、自分自身の痛みと向き合えるようになったんです。これまで、人生の立て直しばかりに焦り、後回しにしてきた心の傷を、ひとつずつ拾い上げるように。すると不思議なことに、あれほど苦しかった出来事も、少しずつ 私の中で変わっていきました。もちろん、辛かった出来事を美化したいわけではありません。 でも、あの悲しみがあったからこそ見える景色があり、小さな美しい生命の花に気付けることがある、そう思えるようになったんです。
――悲しみを消すのではなく、人生の一部として抱いていくのですね。
柳本さん: はい。 今思えば、大阪での暮らしを離れ、奈良へ来たことも、そのためだったのかもしれません。今では、亡くなった彼との日々も、 あの日見た絶望の夜も、 私という人生を形づくる、大切な一部です。 そして、その経験が、今の活動―― カウンセリング、唄、舞へとつながっています。
人生には理不尽なことも、皆んなたくさんあると思います。どれほど努力しても、避けられない苦しみもある。でも、人生の光も影も、どちらも否定しなくていい。 悲しみも、弱さも、後悔も、 無理に消そうとしなくていい。その先に、自分でも気づかなかった深い愛へと変わっていくことがある。 私は、そんな時間にそっと寄り添える存在でありたいと思っています。 泥の中から蓮の花が咲くように、 人生の深い悲しみがあったからこそ咲く花も、きっとある。 そしていつかその花は、 誰かの痛みに寄り添える力へと変わっていく。私は、そう信じています。

――「人生そのものへの慈しみ。」それが柳本さんの辿り着いた生き方なのですね。
柳本さん: ええ。 まだ泣く日もありますし、私はもともと怖がりで泣き虫です(笑)。でも、それも私。光だけではなく、弱さも含めて抱きしめながら、これからも人と、自然と、ご縁に支えられながら生きていきたいと思っています。 そして願わくば、誰かが人生の絶望の中にいる時、その痛みのそばに、静かに寄り添える人でありたいです。
記事公開に寄せて 柳本 陽子さんから読者の皆さまへ
正直に言うと、今回の体験を記事として公にすることには、大きな葛藤がありました。大切な人を自死で失った体験を、私自身の言葉で語ってしまっていいのだろうか。 誤解や美化として伝わってしまわないだろうか。何度も文章を書き直し、自分自身に問い続けました。
ただ、一つだけ確かに言えることがあります。この体験は、決して“簡単に癒えた奇跡”ではなかったということです。私は一年以上、まともに向き合うことができませんでした。前に進んでいるつもりで、本当は、傷に触れないように生きていました。
けれどある時、どれほど外側を変えても、自分自身の痛みからは逃れられないのだと気づきました。そこから初めて、私は自分の悲しみに、真正面から向き合い始めたのだと思います。
あの夜から、5年。
ようやく今、この体験を誰かに伝えるための言葉にできるところまで来ました。この体験を語ることが、正しいことなのかどうか。今も、簡単に答えが出ているわけではありません。それでも、私がここまで歩いてきた時間を、誤解や美化ではなく、ひとつの人生の記録として受け取っていただけたなら、とてもありがたく思います。
柳本 陽子
取材後記

柳本陽子さんへの取材は、私にとって、想像していた以上に深い時間となりました。
取材の中で、柳本さんの大切なパートナーが自ら命を絶っていたことを知った時、私はすぐに言葉を返すことができませんでした。何を聞いてよいのか。どこまで踏み込んでよいのか。一瞬、わからなくなったのです。
けれど柳本さんは、その出来事をただ悲劇として語ったのではありませんでした。悲しみも、後悔も、喪失感も消えたわけではない。それでも、その絶望の夜の奥に、すべてを包み込むような愛があったと語ってくださいました。
だからこそ、この記事を公開するにあたり、ひとつ明記しておきたいことがあります。本記事は、自死を美化・肯定するものではありません。深い喪失を経験した一人の方が、時間をかけて自分自身の痛みと人生に向き合ってきた記録として掲載しています。
私はその言葉を聞きながら、人は深い痛みの中でさえ、愛に触れることがあるのだと感じました。柳本さんの歩みは、悲しみを乗り越えた人の美談ではありません。痛みを抱えたまま、それでも誰かの痛みに寄り添おうとしている人の、静かな祈りのように感じました。
【企業データ】
会社名:合同会社太陽と虹
事業内容:心理カウンセリング、セラピー、言霊・舞による奉納活動、ワークショップ開催
所在地:〒630-8003 奈良県奈良市佐紀町平城宮跡古民家「みすまるほっこりハウス」