「働いてもらい方改革」が拓く企業の未来 健康経営の先にある生きがいという手触り | イベントレポート
2026年4月22日、一般社団法人日本IKIGAIデザイン協会主催のウェビナー「健康経営の先に、企業が目指す未来とは?」がオンラインで開催されました。中小企業の経営者や人事、健康経営の担当者ら約50名が参加した本イベントでは、制度としての健康経営を超え、社員一人ひとりが「生きがい」を感じられる組織へと変革するための道筋が示されました。
ゲスト:西岡 徹人氏(SUNSHOW GROUP 三承工業株式会社 代表取締役)
パネリスト:神田 純代氏(三承工業株式会社 ダイバーシティ推進室長)
スペシャルゲスト:江崎 禎英氏(岐阜県知事)
ファシリテーター:熊倉 利和(一般社団法人日本IKIGAIデザイン協会 代表理事)
司会:渡辺 由美子(一般社団法人日本IKIGAIデザイン協会 事務局)
1.「健康経営10年の反省」から見えてきた制度の形骸化という課題
ウェビナーの冒頭、ファシリテーターを務める熊倉利和氏は、この10年間の健康経営の歩みを振り返り、深い自省の念を口にしました。健康経営優良法人の認定制度が社会に浸透した一方で、多くの企業で「認定を取ること」そのものが目的化してしまっている現状があるのではないかという問いかけです。
熊倉氏は、自らが「健康経営の伝道師」として活動してきた歳月を「健康経営10年の反省」と呼びました。優良法人認定という外側の物差しを追い求めるあまり、経営側が社員に施策を押し付ける形になり、結果として担当者の疲弊や社員の形骸化した参加を招いてしまった現状を指摘します。熊倉氏は、「優良法人認定を外側から追うと、それ自体が『やらせる』ことになると誤解していた」と述べ、制度を「やり方(Doing)」として運用することの限界を認めました。
真の健康や働きやすさは、外部から与えられる制度だけで完結するものではありません。社員一人ひとりが自らの内側にある「働きがい、ひいては生きがい」に火を灯し、自発的に心身を整えていく「あり方(Being)」に根ざした経営こそが、健康経営の本来目指すべき先にあるのではないか。熊倉氏の言葉は、参加した経営者たちに、表面的な数字に一喜一憂するのではない、本質的な組織開発への視座を促しました。
2.超ブラック企業からの脱却と、経営者のパラダイムシフト
続いて登壇した三承工業株式会社の西岡徹人氏は、自らの過酷な起業体験と、そこからの劇的な転換について語りました。1999年、わずか20歳で草刈り仕事で独立した西岡氏。家計を助けるために無我夢中で働き、当初は「気合と根性」こそが正義であると信じて疑わなかったといいます。
当時の社風は、西岡氏自らが「超ブラック企業」と称するほど苛烈なものでした。朝5時から現場へ出、深夜まで見積もりを作る。睡眠時間はわずか数時間。自らが先頭に立って走る一方で、社員に対しては上から目線で指示を出す日々が続きました。しかし、ある経営勉強会で実施した社風アンケートが、西岡氏の価値観を根底から覆します。社員から返ってきたのは「社長の関西弁がむかつく」「社長の挨拶の仕方が気に障る」といった、痛烈な批判の数々でした。

追い打ちをかけるように、講師の先生からは「あなたは誰も幸せにしていない」という衝撃的な言葉を突きつけられます。西岡氏は反発を覚えつつも、さらなる努力の末に脳梗塞で倒れ、病院のベッドから起き上がれなくなった瞬間に、ようやく一つの真理に到達しました。「社長の器以上に組織はならない」という悟りです。
西岡氏が自らの「できないこと」を認め、周囲に「助けてほしい」と自己開示を始めたとき、組織は変わり始めました。パネリストの神田純代氏は、西岡氏のパラダイムシフトが現場に波及した象徴的な出来事として「カンガルー出勤」の誕生を挙げました。当時、育休後に子どもを連れて出勤せざるを得なかった社員を支えるため、西岡氏自らが赤ちゃんを抱っこしながらパソコンに向かい、仕事を始めたのです。その姿が「ここでは子どもを連れて働いてもいいんだ」という強力なモデルとなり、女性が能力を発揮できる文化が根付いていきました。西岡氏は、「正しいことを正しく積み重ねる。経営者の考え方のパラダイムシフトこそが重要」と強調しました。
3.制度から文化へ|「働いてもらい方改革」が人手不足を解消する
スペシャルゲストとして登壇した岐阜県知事の江崎禎英氏は、自らの官僚時代の経験を引き合いに出し、日本全体に蔓延する「働き方」の歪みに鋭いメスを入れました。通商産業省(当時)時代、江崎氏もまた「帰らないのが当たり前」という長時間労働の文化の中にいました。しかし、岐阜の郷里で畑仕事をするという「立ち止まる瞬間」を得たことが、江崎氏に冷静な視点を取り戻させました。役所での常識が、いかに効率的ではなく、人間的でもないかを確信したのです。

江崎氏は、約6年間にわたり自ら育児(オムツ替えやミルク、保育園の送り)を担った当事者でもあります。こうした経験は、江崎氏の政策思想の原点となりました。江崎氏が提唱する「働いてもらい方改革」とは、従来の労働時間の抑制にとどまりません。それは、「企業に都合のいい人を選ぼうとするから人が足りなくなる。働き手の状況に合わせて企業が変われば、人手不足にはならない」という逆転の発想です。
江崎氏は、日本には「働きたいけれど、条件が合わずに働けていない人」が約100万人いると指摘します。子育て中の女性や、障がいを持つ方々、外国籍の方々。そうした人々が能力を発揮できる「場」をデザインできる企業こそが、生産性を高め、これからの時代に伸びていくのだと語りました。岐阜県知事として江崎氏は、三承工業のような先進事例を横展開し、県独自の新たな認定制度を通じて「働いてもらい方改革」を加速させていく決意を示しました。
4. AIと人間が共創し、自分らしさを取り戻すサードプレイスの形
ウェビナーの後半では、こうした「生きがい経営」を具体的に支援する枠組みとして、法人向けコミュニティ「IKIGAIパートナー」の活動と、2026年7月に開講する「AIエージェント講座」の案内が行われました。
司会の渡辺由美子氏は、経営者や社員が日々の多忙さから立ち止まり、「自社らしさ」や「自分らしさ」に立ち戻るためのサードプレイスとしてのコミュニティの重要性を説きました。また、新設される「AIエージェント共創講座」は、決して技術習得だけを目的にしたものではありません。中小企業がAIを使いこなすことで、人間が「人間らしく」働くための時間と余裕を創出することを目指しています。

熊倉氏は、自らもAIエージェントを活用することで、苦手意識を克服し、クリエイティブな仕事に集中できるようになった体験を語りました。AIはAIらしく、人間は人間らしく。技術を味方につけることで、企業は「働いてもらい方改革」をより深化させ、社員の「生きがい」を最大化させるための基盤を整えることができるのです。
編集後記
本イベントを通じて最も心に響いたのは、西岡氏が語った「助けてほしい」という自己開示の力です。強気な経営者が自らの弱さを認めたとき、初めて組織に血が通い、神田氏らが主導する「カンガルー出勤」のような温かな文化が生まれたという事実に、深い感銘を受けました。また、江崎知事が提唱する「働いてもらい方改革」は、人手不足に悩む中小企業にとって、発想の転換を迫るものでした。企業が人に寄り添うことで、眠っていた100万人の可能性が解き放たれる。その確信は、IKIGAIデザイン協会が提供するサードプレイスやAIというツールによって、より現実的なものになると感じました。
【主催団体】
会社名:一般社団法人日本IKIGAIデザイン協会
事業内容:IKIGAI経営の普及・推進、経営者・法人向けコミュニティの運営、研修、メディア「IKIGAI広場」の運営、産学連携による生きがいの研究
所在地:〒409-1501 山梨県北杜市大泉町西井出7509番地
【登壇企業・団体】
会社名:三承工業株式会社(SUNSHOW GROUP)
事業内容:注文住宅の設計・施工、建築・リノベーション、土木・造園などの建設事業。女性の働きやすさを重視した「カンガルー出勤」等の独自制度を展開し、建設業として国内で初めて「ジャパンSDGsアワード」特別賞を受賞。
所在地:〒500-8259 岐阜県岐阜市水主町二丁目53番地
従業員数:46名
スペシャルゲスト登壇:江崎 禎英氏(岐阜県知事)
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