成長の頂で知った孤独。その先に見たのは仲間と共に歩む道(代表取締役 山根章)
かつて、圧倒的な「基準」に背中を押され、若くして成功の頂点に立った一人の青年がいました。仲間と会社の立ち上げに参画し、六本木の森ビルにオフィスを構えて、華やかな暮らしを送っていた日々。望むものは何でも手に入り、効率よく利益を上げるゲームの勝者として、彼は誰よりも速く階段を駆け上がっていきました。しかし、その当時見た景色は、彼が想像していたものとは全く異なる、色のない孤独な世界でした。
「一人で勝つこと」の限界を知り、拭いきれない虚無感に襲われたとき、彼は初めて自分ではない誰かと歩む意味を問い始めます。地位や名声、そしてお金。それらを手放してでも守りたかったのは、先の見えない船に、共に乗り込んでくれる仲間の存在でした。かつて自分を追い込み続けたストイックな情熱は今、次世代の若者たちが自らの人生のハンドルを握るための温かな力へと形を変えています。一人の人間が自らの影を受け入れ、真の充足を見出すまでの軌跡を辿ります。

株式会社いきがい:山根 章さん(代表取締役)
1.「1位以外は許されない」という使命感の牢獄
―― 山根さんの今の価値観や、物事に向き合う際の基準の高さは、どこから来ているのでしょうか。まずは、ご自身の原点についてお聞かせください。
山根 章さん(以下、山根さん):私の今の基準の高さや、物事への向き合い方が形作られたのは、間違いなく中学3年生の時の陸上競技の経験ですね。それまでは、練習にも真面目に出ないような生徒だったのです。ところが、たまたま出た大会で結果が出てしまった。それが全ての始まりでした。
やる気のない私を見て、当時の先生が「世界基準のコーチに教わってみないか」と声をかけてくれたのです。そのコーチはオリンピックに出場した経験のある方で、そこから、世界基準で競技に打ち込む日々が始まりました。コーチの基準は凄まじく、高い成績を収めても「そんなことで満足しているのか。なめてんのか」と叱られるような世界でした。
―― 世界を知る方からの指導を受ける中で、どのような思いで競技に向き合っていたのでしょうか。
山根さん:情熱というよりは、強烈な「使命感」に突き動かされていましたね。最初、何の気なしに結果を出してしまったことで、周りからの期待が膨らんでしまったのです。その期待を裏切ってはいけない、1位以外は許されないというプレッシャーが、自分を縛り付けていたように思います。
「1位を取ろうと思ったのは、一番以外を取らないためという使命感」という感覚が近いかもしれません。ただ、もともと私の性質として、自分を過酷な環境に追い込むことが嫌いではなく、もともと、自分を追い込むことを厭わない性質があったのだと思います。みんなが諦めるようなきつい練習を、一人で黙々とやり遂げることに自己満足を感じていた部分もありました。でも、そこには仲間と何かを共有する楽しさはありませんでした。常に自分自身との戦い、それだけだったのです。
―― 誰にも期待されていなかった自分が、ある日突然スポットライトを浴びたことで、その光を失わないために必死に走り続けていたのですね。
山根さん:そうですね。誰かと比べるのではなく、自分の中の絶対的な基準を満たすことだけに集中していました。それが自分の存在証明だと思い込んでいたのです。この「一人でストイックに頂点を目指す」という姿勢は、その後のビジネスの世界にも、そのまま持ち込まれていくことになります。
2.成功の果てに待っていた、色のない景色
―― 大学入学後も、その高い基準は変わることなくビジネスの世界へと向けられていったのでしょうか。
山根さん:はい。大学1年生の時に入学してすぐに「このままではダメだ」と感じ、社会人のことをやろうと決めて人材会社でインターンを始めました。1年ほど経験した後、仲間と共に起業したのです。未経験のエンジニアを育成し、企業へ送り出すビジネスです。これが予想以上にうまくいってしまいました。
「ビジネスはお金が全てだ。高い基準で稼いで、若くして成功することこそが正解なんだ」
当時は本気でそう信じていました。19歳や20歳という若さで、大きな利益が出る仕組みができてしまった。暮らしも大きく変わりました。六本木の森ビルにオフィスを構え、社用車にはベンツ。ヒルズのラウンジでパーティーを開くこともありました。

―― 若くして誰もが羨むような富と地位を手にされたわけですが、その時の心境はいかがでしたか。
山根さん:正直に言えば、最初は楽しかったですよ。欲しいものは何でも手に入るし、周りからはちやほやされる。けれど、そんな生活もすぐに飽きてしまったのです。お金があって欲も満たされるけれど、心の中にはずっと「何かが違う」という違和感がありました。
「お金があっても、実はそんなに使い道がないことに気づいたのです。お金のために自分の時間を使うことに、何の意味があるんだろうと思ってしまいました」
エベレストの頂上に登ってみたけれど、そこには自分が本当に欲しかったものは何もなかった、という感覚です。1人で見る景色は、ただただ寂しいものでした。成功した瞬間の称賛なんて一瞬のものです。そこに永続的な幸せはありませんでした。自分一人で勝つことの限界と、その先にある虚無感を、身をもって知った時期でした。
―― 頂点に到達したからこそ見えてしまった、物質的な豊かさだけでは埋めることのできない空白があったのですね。
山根さん:そうですね。お金があれば幸せになれると思っていた自分の浅はかさを痛感しました。稼ぐというゲームの攻略法は分かったけれど、そのゲームに勝っても心が満たされない。一度自分をリセットしなければならないと考え、あえて大手企業のマイナビに転職しました。社会というものをゼロから学び直したいという一心でした。
3.信頼を胸に、仲間と再び漕ぎ出す決意
―― 華やかな起業家の地位を捨て、あえて組織の一員として再出発された際、どのような気づきがありましたか。
山根さん:マイナビでも圧倒的な成果を出しましたが、やはり組織の中で数字だけを追いかける日常に、かつての違和感が再び頭をもたげてきました。その後、別の会社を立ち上げるのですが、そこで前職の代表が急逝するという衝撃的な出来事が起きたのです。私は副代表でしたが株を持っておらず、経営の方針を巡って非常に厳しい状況に立たされました。
「もう一度、自分で旗を立てるしかない」
そう決意したとき、私の頭を最も悩ませたのは「今の仲間と仕事を続けたい」という気持ちでした。しかし、ゼロからの再出発となったとき、当時のメンバーたちが「山根さんについていきたい」と言ってくれたのです。
―― 全てを失いかねない不安定な状況で、メンバーの方々の言葉は山根さんにどう響いたのでしょうか。
山根さん:彼らには正直に伝えました。「俺についてきても、ゼロからのスタートだし、先の見えない船に乗せることになるかもしれない。それでもいいのか?」と。ちょうどその年、ついてきてくれるメンバーの1人に子どもが生まれるタイミングでもありました。彼らの生活や家族を背負う責任の重さに葛藤はありましたが、それでも彼らは迷わずに頷いてくれた。そのとき、私の中で何かが大きく変わったのです。
「一人で勝って頂上で孤独を感じるより、たとえ心もとない船でも、みんなで一緒に進んでいくほうが、よっぽど価値があると感じたのです」
自分の力を誇示するために走るのではなく、自分を信じてくれた彼らの人生を預かる。その責任を背負ったとき、初めて自分自身の器が広がっていくような感覚がありました。かつての私はキャリアの作り方として「下手だな」と思うこともありますが、リセットを繰り返した結果、全てが今に繋がっています。
―― 「自分一人の成功」から「仲間の幸せ」へと、人生の軸足が移り変わったのですね。
山根さん:はい。自分ができるようになるだけでなく、自分が持っているものを教えて、相手ができるようにしていく。そのマネジメントの楽しさに気づけたことが大きいです。自分がプレイヤーとして1位を取るよりも、チームのみんなが幸せな状態にあることを目指すほうが、今の私にとってははるかに大きな充足感をもたらしてくれます。

4.過去の自分を救い、仲間と未来を育む旅
―― 現在、山根さんが展開されている学生教育や様々な事業は、かつての山根さんご自身のような若者たちに向けられているようにも感じます。
山根さん:まさにその通りです。中学3年の時の、何も持っていなかった自分。あるいは、成功しても虚無感に苛まれていた頃の自分。そんな過去の私こそが、今の事業のターゲットです。
「特別な才能があるわけではなく、何をすればいいか分からずに立ち止まっている学生たちに、『まずはやってみる』場所を提供したいのです。都大会レベルでもいいから、『自分はここまでやれた』という確かな成功体験を掴んでもらいたい」
私は彼らに、かつての私がコーチから与えられたような高い基準での挑戦を促します。しかし、それは一人で戦わせるためではありません。仲間と切磋琢磨し、互いに教え合う中で、自分一人では到達できない場所へ行く。かつての私が頂上で味わった孤独を、彼らには経験させたくないのです。
―― AIの普及など、社会が激変し「生きる目的」が問われる時代において、山根さんはどのような未来を描いていらっしゃいますか。
山根さん:人が働かなくても生きていけるような時代が、もうすぐそこまで来ています。そうなったとき、人は「何のために生きるのか」という目的を失ってしまうのではないかという危惧があります。だからこそ、自分の好きなことを見つけ、それを仲間と分かち合うプロセスの価値を伝えていきたい。
「戦略がないと言われるかもしれませんが、私はやりたい人が現れた時に、その人と一緒に場所を作っていきたい。そんな自然な連鎖を広げていきたいんです」
答えを最初から持っていなくてもいい。迷いながらも一歩を踏み出し、失敗も葛藤も含めて仲間と笑い飛ばす。そんなふうに、一人ひとりが自分の人生のハンドルを握り、ワクワクしながら未知の領域へ踏み出せる社会。それを、私は「株式会社いきがい」という場を通じて形にしていきたいと考えています。
―― 過去の自分を救い上げるための旅は、今、多くの仲間と共に歩む新しい旅へと進化しているのですね。
山根さん:そうですね。山を登り切ることよりも、その途中で仲間と交わす言葉や、共に見る景色のほうが大切だと思えるようになりました。これからも仲間たちを信じて「しんがり」を務めながら、誰もが自分なりの輝きを見つけられる場を広げていきたい。それが、今の私の人生において最も揺るぎない願いです。
取材後記

何も持っていなかった中学生の自分。一番以外は意味がないと信じ、たった一人で頂点を目指した若い自分。六本木で成功の景色を眺めた自分。そのどれもが、今の山根さんの中に消えずに残っている。過去を切り捨てて生まれ変わったのではなく、痛みも渇望も抱えたまま、少しずつ立つ場所を変えてきた人なのだと思います。
かつて「一人で登り切る」と信じていた人が、いまは「先の見えない船にでも、一緒に乗ってくれるか」と仲間に問いかける。この転回は、強さを手放した話ではないのだろう。
頂上で味わった孤独の冷たさを知っているからこそ、隣に誰かがいることの意味を、誰よりも深く受け取れる。答えを出して閉じるでもなく、過去を悔いるでもなく、矛盾を抱えたまま次の打席に立ち続ける。その静かな佇まいの前で、勝つとは何か、生きるとは何かという問いが、私自身にも静かに返ってきました。
【企業データ】
会社名:株式会社いきがい
事業内容:学生向け教育事業(営業代行インターン)、農業事業、海外研修プログラムの開発・運営、
経営コンサルティング
所在地:〒211-0006 神奈川県川崎市中原区丸子通1-612-9 1302号室
資本金:3百万円
従業員数:社員7名(別途学生パートナー約30名)
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